第68章 漆黒の追跡者
『はぁ……』
ただメモリーカードを手に入れるだけの予定がここまで狂うとは。アイリッシュを警視庁へ潜入させるなんて……リスクは高すぎるけど、その分入ってくる情報は最新のもの。
でも……まさか、連続殺人だとは思うわけないじゃないか。それもかなり広域に及ぶほどの。どうやら、被害者はスタンガンで気絶させられた後、現場に運ばれてから大型のナイフで刺殺されているらしい。
『……変な犯人』
アイリッシュから送られてきた捜査資料に目を通しながら呟いた。気絶させた人間を運ぶのだってそれなりに目立つだろうに。その場所にこだわる理由は何かあるんだろうけど……そういうこだわりは持ったことがないからよくわからない。何より犯行現場に置かれた麻雀牌。
『……そろそろ行くか』
資料を置いて立ち上がった。
何日か前に松本という男を拉致し、米花の森の奥にある廃屋に監禁した。こちらの目的が達成されたら、アイリッシュの身代わりになってもらうから死んでもらっては困る。でも、脱走するだけの力は残しておけないから、ギリギリの水分で生かしている。でも、そろそろ何か食べさせないとまずいか……?
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人目がないことを確認して森の奥へと進む。変装マスクの上から面をつけ、大きめの服で体型を誤魔化す。普段は使わないのだが変声機もつけて。廃屋についてドアを開けたが人が動く気配はない。
『起きろ』
寝ているのか気を失っているのかわからない男を揺する。するとゆっくりと目を開けた。数日でずいぶんやつれたように見える。
体を縛っていたロープを解き、口に貼っていたガムテープをそっと剥がす。
「何を……」
『死にたくなければ黙って食え』
途中で買ってきた弁当とペットボトルの水を差し出す。力が入らないのか、警戒しているのかそれを受け取ろうとはしない。
『毒は入れていない。死なれては困る』
「……」
渋々といった様子でそれを受け取った。警戒こそしていたようだが、空腹には勝てなかったらしい。蓋を開けてどんどん口へ運んでいく。
外を確認しようと少しだけ窓へ視線を向けた。が、妙な音に気づいて男を睨みつけた。
『何をしている』
「……虫を追い出すくらいいいだろう」
そう言って男は食べ終えた弁当の空を床に落とした。ペットボトルも既に空だ。
『そのまま大人しくしていろ……家族を死なせたくないならな』