第67章 他人の空似
その日の夜。ジンとウォッカが任務に向かった後。メイクを落とし、1つの袋を持って再びアジトを出た。
『ここよね……』
とあるアパートの角の部屋の前。呼び鈴に指を置いて、そっと押した。するとガチャガチャと音が聞こえた。鍵……?多くない?それが普通なんだろうか。
「はーい……えっ」
ドアを開けた家主はその表情に驚きと困惑を浮かべた。
『こんばんは、キール』
「……何か用かしら」
『ちょっとね』
袋を差し出すと明らかに警戒の色を見せた。
「何?」
『DJの一件の時、貴女ジンの車で着替えてそのまま置いていったでしょ?迷惑かとも思ったけどクリーニングに出して……靴も』
「……ありがとう」
『ふふっ、そんなに警戒しなくても発信器も盗聴器も入ってないわ。あれだけのことをしてくれたんだし』
そこまで言えば、キールはようやく袋を受け取った。
完全に疑いが晴れたわけではないけど、赤井を始末したことで発信器も盗聴器も外されたし、監視もついていない。
「それじゃあ……」
『あ、待って。聞きたいことがあるの』
よっぽど早く帰って欲しいのか、挨拶もそこそこにドアが閉められる。そのドアに手をかけてそれを阻んだ。服を返したかったのは本当だけど、本題はそれじゃない。
『……本堂瑛祐、って知ってる?』
「……さあ、覚えがないわ。写真とかあれば……その子がどうかしたの?」
『ううん。ただ、貴女が殺したあのスパイと同じ名前だと思って』
「……そうだったかしら」
『それに、貴女によく似た姉を探していたらしくて』
「へえ……」
『まあ、知らないならいいわ』
一応調べるだけのことはしておこう。ジンほど気は短くないし、何の理由もないのに殺すことはしない。何も知らなければだけど。蘭ちゃん達の友達らしいし。
『貴女のこと、信じていいのよね?』
「……あの男を殺しただけじゃまだ足りないかしら」
不満気な言葉を否定も肯定もせず肩をすくめた。
『それじゃあ、またね』
「……ええ」
ドアが閉まってすぐ、またガチャガチャと音が聞こえる。なんとなく、音が止んでからそこを離れた。
アパートを出てアジトの方へ歩き始めて数分後。後ろから車のライトに照らされた。そして真横に止まったRX-7。
「こんばんは。乗っていきますか?」
『……そうね。お願いするわ』