第63章 取引
『聞いてないなぁ……でもいいや、指示があるまで待ってる』
衆議院選挙ってもう少し先のことじゃなかったっけ?きっと組織にとって不都合なことがあるんだろうけど、まだ何も聞いてない。ジンに聞いてもいいんだけど……必要なら近いうちに言われるだろうし、それまで自分から話を持ち出すことはしないでおこう。
「ところで、ジンは貴女がシェリーを守ろうとしていることを知ってるの?」
『そんなこと知られてたら私は消されてるわ。まあ、ジンに消されるなら本望だけどね』
「……」
『貴女の秘密の多さといい勝負じゃない?』
「……本当、可愛くなくなったわ」
『あら、深くは聞いてないんだから許して欲しいわ』
アジトの駐車場について、定位置に車を止める。
『わかってると思うけど、誰にも話さないでね』
「当たり前でしょ……私の首だって危ういもの」
『あら、貴女はあの方の後ろ盾があるでしょ?』
「それでも組織を……ボスを裏切っていることに変わりはないわ。十分制裁の対象になり得るでしょ。貴女だってそうよ」
ベルモットはシートベルトを外して、ドアに手をかけた。
「ジンを裏切っている自覚、ちゃんとあるの?よく考えたら?」
ベルモットはそのまま車からおりて建物内に入って行く。私はすぐに動き出すことができなかった。ベルモットの言葉が胸に深く突き刺さったような、そこからどうしようもないくらいの冷たさが広がっていく感覚に包まれて。
一体何個目の裏切りだろう。小さな嘘もカウントすれば、とんでもない数になるんじゃないか。
それでも私は……ジンとシェリーを天秤にかけることができない。どちらかだけを選ぶことなんてできない。2人ともどうしようもないくらい大切だから。命をかけてでも守りたい人だから。
許されないことだってわかってる。罪悪感だってちゃんとある。それでも、ここまできたらもう隠し通すしかない。謝ったところで許されるわけがないのだから。
いつの間にか自室の前にいた。ジンの気配がなくて少しホッとする。
『はぁ……』
ため息をつきながらベッドに倒れ込んだ。
ベルモットとの取引で神経がすり減ったし、何より連日の情報の整理で疲労も溜まっている。
ちょっとだけ寝よう。メイクも落としてないしシャワーも浴びてないけど、もう一度起き上がる気力はない。目を閉じればすぐに意識は落ちていった。