第63章 取引
「何を言ってるの……?!」
『そのままの意味よ。シェリーに手を出さないで』
「ふざけたこと言わないで。あの女は生きてるべきじゃない」
『そこまで言うなら納得できる理由を教えて』
「……」
『ほら、何も言ってくれない』
「……とにかく、その要求は飲めないわ」
『そう……それなら貴女の要求を聞く理由もないわね』
肩を竦めて構えていた拳銃を下ろした。でも、笑みは崩さないままで。
『江戸川コナンの安全は保証できないわ』
「っ……貴女……」
『それから貴女の言うAngel……毛利蘭のこともね』
「やめて。2人には……」
『だったらシェリーに手を出さないで』
「っ……」
『貴女が好きな方を選べばいいわ。私はその選択に従うから』
ベルモットはかなり怒っているらしく、その表情は歪んでいる。肌には殺気を感じる。それでもここで引くわけにはいかない。この先、ベルモットとの関係が拗れたとしても。
不意に向けられていた殺気が消えた。そして、ベルモットはゆっくりと拳銃を下ろす。
「あの2人には手を出さないで……シェリーからは手を引くわ」
『わかったわ。取引成立ね』
私はそう言って、車を発進させた。
「どうしてあの女を守ろうとするの」
『……それは秘密』
明美を死なせてしまったことへの罪滅ぼし、なんて言ったところで呆れられるだけだろうし、そもそもそれも自己満足でしかない。そんなことを言う必要もないだろう。
あの夜、本当にシェリーが危険な状況だったら私はベルモットの邪魔をするつもりだった。でも、私が行く必要はすぐになくなった。
例の港の方向へ走り去るシボレーを見たから。それにカルバドスに仕掛けた盗聴器から聞こえたあの男の声……赤井秀一がそこにおるのはわかっていたし、なにより蘭ちゃんが身を呈してシェリーを守ろうとしたようだから。
「恩を仇で返すってこういうことを言うのかしら。貴女にはずいぶん良くしてあげたつもりだったんだけど」
『あら、貴女のことは大好きよ。だからこうして話す時間を作ったんじゃない』
「恐ろしい女になったものね」
『褒め言葉として受け取るわ……そういえば、キールはなんであの病院に?』
「……次の衆議院選のことで。電話やメールじゃ危険ってことで直接私が伝えたのよ。貴女はまだ何も聞いてないかしら?」