第60章 狐を狩る
亜夜side―
「おい、起きろ」
『ん……』
ジンの声と肩を揺する力に目を開く。何度かまばたきをしてはっきりとしてきた視界。何故か真横……。
『っ……!』
勢いよく起き上がってジンを見ると、呆れたようにため息をついた。
『あれ、なんで……えっ?』
直前まで私はジンに所謂膝枕をされていたらしい。私が自分からしたのか……15分だけのつもりが、思いの外深く寝入ってしまったようで全く覚えがない。
「……知るか」
そう言うジンの口には火のついていないタバコ。テーブルの上にあったライターに手を伸ばして、そのタバコに火をつけた。
時計を見ると1時間が過ぎている。
『ごめん……起こしてくれてよかったのに』
「……眠気で任務に支障が出る方が問題だ」
『でも、タバコも我慢してたでしょ……』
「1時間くらいどうってことねえよ」
ジンはそう言ってゆっくりと煙を吐き出す。その様子を黙って眺めていた。
本当に絵になるなぁ。カッチリしたスーツを着せて髪もまとめたらより一層……もちろん今の姿も好きだけど、いつか一度見てみたい。
「ジロジロ見んな。言いたいことがあるなら言え」
『ううん……かっこいいなぁって思ってただけ』
「……」
ジンは無言のまま、タバコを灰皿に押し付ける。
「……行くぞ」
『あ、うん』
さっさと歩き出したジンの後ろを追いかけた。
---
午前4時まであと数分。賢橋駅の構内へ続く階段の近くに止めてあったウォッカの車の後ろにジンの車が止まる。既にウォッカの姿はない。もう構内へ向かったんだろう。
車をおりて周囲を見回すが、今のところ警察の姿は見えない。見張りはいるし、何かあればすぐに連絡があるはずだ。
拳銃と簡易的な変装の道具を入れたバッグを肩にかけ直し、駅の構内へ向かう。不気味なくらいに静かな空間にジンと私の足音だけが響く。
『……私、入口で待ってる』
コインロッカーのある場所に着く前にそう言った。
『もし、板倉じゃない誰かがいたとして……隙を見て逃げられたら嫌でしょ?』
「……勝手にしろ」
ジンがその場所に入って行くのを見送って、拳銃を右手に持つ。ウォッカの怒鳴るような声が聞こえたかと思うと、それは一瞬にして覇気を失う。少し距離があるせいか会話の内容は聞こえないけど、ウォッカの顔は見るまでもなく真っ青だろう。