第60章 狐を狩る
ジンside―
『……15分経ったら起こして』
コイツはそれだけ言って、何を思ったのか肩に頭を預けてきた。微かに香る匂い。香水のようなあからさまなものではなく、ふわっと香るボディソープの匂い……妙な気分になって、それをタバコの煙でかき消そうとしたのだが。
今、変に動いたら起きるか……まぁいい、15分くらい我慢してやる。
胸ポケットのタバコに伸ばしかけた手をおろして、気づかれない程度のため息をついた。
そして、15分後。
「おい」
声をかけたが目を覚ます様子はない。アラームでも鳴れば……と思ったのだがその気配もない。
無理に叩き起してもいいのだが、まだ取引の時間まで余裕がある。もう少し寝かせておいても問題ない。
しかし、タバコは吸いたい。
少し考えて……コイツの遠い方の肩に手を回した。そっと力を入れると、そのまま抵抗もなく俺の上に倒れ込んでくる。
『ん……』
起きたか……と一瞬焦ったが相変わらず静かな寝息を立てている。
「ったく……」
危機感がねえ。誰の前でもこうなのか……と何故か浮かんだ気に食わねえ金髪の野郎を思考の外へ追い出した。
1本吸い終わったら起こす。そのつもりでタバコを取り出してくわえたのだが。
この状態でどう灰を落とすか……灰皿は目の前のテーブルの上。少し上体を動かせば届くが……何度も繰り返せばコイツは起きるだろう。それ以前にライターもテーブルの上だ……これじゃあ火もつけられねえ。
「チッ……」
この状況に……いや、この状況でそこまで考えが回らなかった自分に対して舌打ちをした。
コイツが寝始めてから既に30分近く経っている。起こしたって文句は言われねえだろうが……なんとなくその気にならない。
タバコも吸えないし手持ち無沙汰で、黒くて長いその髪に指を通す。それでも変わらず寝息を立てている。
「……亜夜」
表の名前を呼ぶことに抵抗があるわけではない。コイツのコードネームを呼ぶよりはるかに気が楽だ。その理由をコイツが知る必要はねえが。
どうにか取引のことに思考を移す。ウォッカの電話の相手は……キツネの正体はどんなヤツだろうか。そのツラを拝むのが楽しみだ……なんて考え始めれば、なんだかんだでもう1時間。
そろそろ起こすか……小さな肩に手を置いて軽く揺する。
「おい、起きろ」