第56章 赤の気配
『この後の雰囲気悪くなったら嫌でしょ』
「……それも嫌ですけど、そんな顔した貴女と一緒にいても楽しくないです」
『なら……』
「もちろんこのまま帰る気はないので」
食い気味に答えられて口を噤んだ。このまま話さないとそれについてずっと聞かれそうだしな……と思い、口を開いた。
『FBIの連中がこの町に来ていることは知ってる?』
「……ええ。ベルモットから連絡がありましたから。まさか、会ったんですか?」
『そう。しかも、寄りによってライ……じゃなくて、赤井秀一に』
ピリッと車内の空気が張ったような感じがした。バーボンの横顔をチラリと見るけど、表情は変わっていない。
「……偶然ですか?」
『当たり前でしょ』
「へえ……ずいぶんな運を持ち合わせているんですね」
言葉のひとつひとつにトゲがある。
「大丈夫だったんですか?あの男に会って」
『この顔では会ったことないから……まあ、どこかで会ったことがないか、とは聞かれたけど』
「上に連絡は?」
『まだよ。連絡より貴方をあの場所から遠ざける方が先だと思ったから』
「……」
『尾行は何度も確認したし、仲間が近くにいる様子もなかったし……』
「ああ、だから思ったよりも遅かったんですね」
明らかにさっきまでと違う。やっぱり今言うべきではなかったかと少し後悔した。
にしても、なぜこれほどまでにあの男を嫌うんだろう。NOCであったことは事実だし、それだけでも嫌う理由にはなり得るんだけど……それだけじゃないような気もする。
だとすると、バーボンとあの男に決定的な亀裂を生んだ出来事なんて1つしか思い浮かばなくて。
『……スコッチの一件、まだ忘れてないの?』
視線を外しながら呟くように問う。すると、バーボンはフッと笑いをこぼした。
「まさか」
『なら、それほどまでに嫌う理由は何?ただNOCであったからってだけじゃないでしょ?』
更に雰囲気を暗くしていくバーボンに気づきはしたけど、口から出る言葉は止まらない。
「……逆に聞きますけど、貴女はあの男のことを何とも思ってないんですか?」
赤信号で車が止まる。そして、右肩にバーボンの手が触れた。
「こんな傷を残されて、何も思わないんですか?」
『だって、それは私……』
私が撃ち抜いたものだから。そう言いそうになった口をバーボンの唇が塞いだ。