第56章 赤の気配
キスは不本意だけど、言葉を遮ってくれて助かった。
もしかしたら、あの時本当にあったことを知っても、バーボンなら黙っていてくれるかもしれない……なんて考えが浮かびかけたけど、どうにか思考の外へ追い出す。
そうだ、誰も知る必要がない。当事者の私と赤井以外は。
軽く触れるキスが深いものに変わろうとしたところで、後ろの車のクラクションが聞こえた。バーボンは慌てる様子もなく、でもサッと体を離す。
「……私、がなんですか?」
遮った言葉の続きを促すような言葉にため息をついた。そして、言葉を間違えないようにゆっくりと答える。
『私が……甘かったせい。自業自得よ。自分で招いたこと、だから』
「……そうですか」
車内に沈黙が落ちる。窓の外を流れる景色は馴染みのもの。
「……せっかく出てきてくれたところ申し訳ないんですが、日を改めさせてください」
『だから言ったじゃない……』
アジトの駐車場に入り、一度車が停められる。
「また連絡します。埋め合わせは必ず」
『……気にしなくていいわ』
車をおりようとすると、誰かが出てきた。その姿を見て、動きを止めた。ジンとウォッカ……なんてタイミング……わ、目合った……。
ウォッカに何か言って、ジンはこちらに向かってくる。ウォッカはジンの車に乗り込んでエンジンをかけた。バーボンに迷惑はかけれないし……と観念して車をおりる。
「……何か言い訳はあるか」
『えっと……』
背後で車のドアの開く音がした。振り返るとバーボンがそこに立っている。
「……出先でFBIに会ったそうですよ。しかも、寄りによって……赤井に。それで時間の空いてそうな僕に連絡が来たわけです」
「……」
ジンに視線で、本当だな?と聞かれる。私は小さく頷いた。
「では、僕はこれで」
バーボンはニコッといつもの笑みを浮かべて去っていった。
ジンの舌打ちの音に顔を上げる。
「……明日の午後出るぞ」
『わかった。何の任務?』
そう聞くと、ジンが口角を上げた。その笑みに背筋に悪寒が走る。きっと、あまりいいことではない……少なくとも私にとっては。
「宮野明美が根城にしていた部屋が見つかったと報告があった。そこに行きゃ……あの女の痕跡も出てくるだろうな」
それだけ言い残してジンは車に乗って行ってしまった。