第56章 赤の気配
「それで……どうするんですかい?」
『まだ下手に動かない方がいいんじゃない?ヤツらだってすぐには動かないと思うし』
「……ハエ共はまとめて潰す。それにはまだ餌が足りねえだろうしな」
ジンの声は低く暗いが、その口角はつり上がっている。ヤツらを一網打尽にするのが今から楽しみなんだろうか。
「……で、てめぇはどこに行くつもりだ」
『ちょっと買い物。私の任務は何もないんだからいいでしょ』
リップを塗りながらそう答える。メイクはこれで終わり。ウィッグは……ここで付けるとまた何か言われるかな。一応サングラスで顔を隠し、ウィッグは髪が絡まないようにして大きめのバッグに入れる。
「送りやしょうか?」
『ううん、大丈夫。ありがと』
バーボンと一緒だとは今は言わないでおこう。後々バレる気もするけど。
『何かあったら連絡して』
それだけ言って部屋を出た。ウィッグは下の階のトイレで付けよう。
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流石にアジトまで迎えに来てもらうのはいろいろとまずい気がしたから、バーボンとは米花百貨店で待ち合わせることにしていた。着いたと連絡を入れると、少しばかり遅くなると返信来た。それならば今のうちに買えるものは買ってしまおう。でも……
『これで全部だしなぁ……』
言うほど買うものはないのだ。ストックが切れそうな日用品と、新色のコスメを数個。
バーボンからの連絡が入っていないことを確認して一度スマホをしまう。せっかくだしウィンドウショッピングでもしよう。
ぶらぶらと歩きながら様々な店を見て回る。先程手に取ったフロアマップに時々目を落として、行き先を感覚で選びながら進む。
ふと、ポケットの中のスマホが震えた気がした。歩きながらそれを取り出そうとする。
そのせいで目の前に急に現れたた人影に気づかず、ハッとして視線を上げた瞬間勢いよくぶつかってしまった。そこそこのスピードで歩いていたせいで、私は倒れて尻もちを着いた。
『いてて……』
お尻を擦りながら立ち上がろうとすると、目の前に差し出される手。
「……すまない。大丈夫か?だが、過失の割合は50:50だ。周りの注意を怠っていた君にも非はある」
その声を聞き間違うはずがなかった。その顔を見て悲鳴をあげなかったことを褒めて欲しいくらいだ。
まさかこんなところで、しかもこんな形で出会うとは思ってもいなかった。