第55章 捨て切れない名前
断片的に入ってきた説明から、あれは精巧に作られたロボットだということは理解した。
『っ……』
いろいろな感情が湧き上がってきて、その中でも1番大きかったのは怒りだった。なぜ彼女の顔を?しかも目を疑うほどに似ている。私を招待したのは、おそらくあれを見せるため。ずいぶんいい性格をしている。
「……大丈夫ですか?」
バーボンの声にハッとした。人は散り散りになっていて、いつの間にか挨拶は終わっていたらしい。
「どうします?帰りますか?」
『……ちょっと待って』
目の前から歩いてくる主催者を睨みつけながらそう言った。もちろん1人ではない。護衛らしき男が2人と、先程のロボット。そのロボットと視線がぶつかると、とても自然な笑顔を返された。
「どうも、来ていただいてありがとうございます」
ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる主催者。周囲に人がいなければ頭を撃ち抜いてやりたい。
「ご覧になられましたか?よくできているでしょう……あなたならそれがわかるはずだ」
『……どうやってこの顔を?』
「本人をサンプルにしました……あなたがいた組織から買い取って」
思わず太ももにつけたホルスターの中の愛銃に触れた。ドレスの上からではあるが。
『彼女が死んだ現場にいたと?』
「ええ。まさか、殺されるとは思ってもいませんでしたが」
そういえば、あの時取り引きした相手はこいつらの組織だったか……?私のいた場所に来たのは手下らしきヤツだった。
「殺すくらいなら、生きた状態で我々のもとへ売って欲しかったものです。まあ、死んだ姿もなかなかに魅力的でしたよ」
主催者は葉巻を取り出しくわえた。すかさずロボットがそれに火をつける。
「てっきりあの火事であなたも死んだと思ってました。ですから、生きていると知った時は本当に嬉しかったのです」
普通のタバコ以上に濃い煙を吐き出しながら、またニヤニヤと笑う。
「我々のもとへ来ませんか……ファースト?もちろん、そちらの言い値で買い取りますよ」
捨てたはずの名前を呼ばれて、頭に氷の破片が突き刺さったかのような冷たさを覚える。
違う、私は……私の名前はマティーニ。
頭の中で唱えて、冗談じゃない、と言おうとした時。ロボットが1歩前へ出た。
「おいでよファースト。また一緒にいられるよ?」
思わず引いた脚。コツ、とヒールの音が聞こえた。