第55章 捨て切れない名前
「別にって感じじゃないですけど……嫌なら断ればよかったのでは?」
『そんな我儘言えるわけないでしょ。組織の面目潰しかねないんだから』
パーティ会場に入ると、本当に不安で押し潰されるんじゃないかってくらい気が重い。そんなわけない、とどれだけ考えても、もしかしたら?とすぐに暗い考えが頭を占める。
いつもだったら自分からしたりしないんだけど、バーボンの腕に抱きついた。
「っ……珍しいですね」
『そういう気分なの……今日は絶対離れないでよ』
「もちろん。しっかりエスコートさせてもらいます」
この雰囲気を楽しむ気なんてこれっぽっちもない。主催者の挨拶が終わったら帰る。飲み物も食事も一切手を付けない。
そんなふうに振舞っているのもあって、自分でもわかるくらい気が立ってる。裏社会の顔馴染みは軽く頭を下げてすぐに視線を逸らす。
『ねえ、ここ。ここにいよう?』
「……こんな入口に近いところで寒くないですか?」
『平気。すぐ帰りたいの』
「そんなに嫌ならどうして来たんですか」
『……仕方ないじゃない。指名で呼ばれたんだし、ベルモットがせっかく綺麗にしてくれたし』
誰も空いてないって言われたから仕方ないんだけど……できることならジンかウォッカかベルモットが一緒であってほしかった。その3人ならここまで嫌がる理由もちゃんと話したのに。
「皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます」
ステージに上がった主催者。私の記憶の中よりだいぶ老けている。長ったらしい世間話混じりの演説。頭の中では早く終われの文字がぐるぐる回る。
「さて、そろそろ本題といきましょうか。我が社の開発した……」
そういえば何かの完成披露会って言ってたな……ロボットだかなんだか……。
「ご覧ください!」
拍手が広がっていく会場。私も合わせて手を上げた……が、手の平が合わさることはなかった。ステージの上に現れた人影に喉の奥がヒュっと鳴った。
「どうしました?」
バーボンの声に反応できない。四肢から全身に震えが伝染していって、心臓が大きく音をたてる。
そんなはずはない。だって、彼女は死んだって……事故死に見せかけて殺したって……。
「皆様、どうぞこうお呼びください……セカンド、と!!」
忘れるわけがない。でも、死んだはずのセカンド。その彼女の顔をした何かがそこにいた。