第53章 たぶん、そんな感じ
『な、なんで笑うの……』
「面白いからに決まってんだろ……っ、ははっ……」
悪いように捉えられたわけじゃないみたいだけど、それでもこんなに笑う?
「馬鹿だとは思ってたがここまでとはな」
『なっ……』
馬鹿じゃない!って言いたかったけど、不意に振り返ったアイリッシュの表情に怒りや憎しみの色が見えなくて言葉に詰まった。
「お前みたいなじゃじゃ馬の親なんて御免だ」
『人がせっかく慰めようとしてるのにその言い草?!』
「そういうところだ馬鹿」
『また馬鹿って……!』
アイリッシュは立ち上がって私が持っていた傘を掴んだ。思わず手を離してしまったけど、傘の高さが変わっただけで雪が自分に積もっていく様子はない。
そして、いつもやるように私の頭をわしゃわしゃと撫でる。おかげで髪はぐしゃぐしゃ。
『ちょっと、それやめてよ……』
「ん?いいじゃねぇか」
さっきまでの雰囲気はどこへやら、いつもと同じ笑みを浮かべているアイリッシュを見て、ホッとため息をついた。
「ほら、行くぞ。ガキは風邪ひくからな」
言い返す隙もなく歩き出したアイリッシュの後を慌てて追いかけた。車のあるところまでずっと無言だったけど、それでも気にならない。
『ねえ、いつなら時間ある?』
「……悪ぃがアジトには行かねえ。用もなくなったし次の指示があるまで適当にすごすさ」
『……そっか』
残念だけど仕方ない。
『じゃあ次来る時は早めに教えてよ。予定開けるから』
「気が向いたらな」
『いつもそれ……』
「そうだな」
そう言って差し出してきた傘の柄を掴む。体を返そうとしたアイリッシュの服を咄嗟に掴んだ。
『……もし、アイリッシュに何かあっても絶対助けに行ってあげるから』
「お前に助けられるほど落ちぶれちゃいねえよ」
『……次会うまでにもっと強くなってるから大丈夫』
「減らねえ口だな」
また頭をわしゃわしゃと撫でられる。同時に私が小さくくしゃみをした。
「ほら、さっさと帰れ。風邪ひくぞ」
『……うん。じゃあまたね。連絡絶対してよ』
「わかったよ……またな」
背を向けたアイリッシュは振り返らずに自身の車の方へ向かっていき、車に乗り込んですぐに行ってしまった。
『は……くしゅんっ……』
気を張ってたから何もなかっただけで、自分が思っているより体調は悪いらしい。