第53章 たぶん、そんな感じ
『ごめん……簡単に言い過ぎた』
「……だろうな」
今、アイリッシュはどんな表情をしているんだろう。ここに来てから一度も振り返る様子がない。沈黙を破るために、言葉を慎重に選びながらゆっくりと話す。
『私は、ピスコと関わることがほとんどなかったから、彼がどんな人なのかよく知らない。でも……大切な人を失う辛さは知ってるつもり』
大切に思っていた人の死を聞いた時の絶望感。ただ、辛い。いろいろな感情が混ざりあって、最後に残るのは果てしない虚無。
『この世界に身を置く以上、近しい人がいなくなるのは避けて通れないことだと思う。辛いけど……組織を守るためだから』
ジンに明美を殺されたのだってそういう理由だ。ライ……赤井と関わらなければ、そうならなかったのかもしれない。私がどれだけ彼女の潔白を示しても無駄だった。まだ関係が続いているかもしれない、そんな不確かな理由で引き金を引かれたんだから。
ジンのことを責める気はない。ジンは任務を遂行しただけだ。でも、許せないものは許せない。
『無理に許す必要ないんじゃないかな』
「……お前、ガキのくせに達観してんだな」
『もう25歳なんだけど』
アイリッシュの雰囲気が少しだけ柔らかくなった。それでも、変わらず前を向き続けている。
『……アイリッシュは私が死んだらどう思う?』
「……来るかもわからねえ未来のことは考えねえ」
『私はアイリッシュがいなくなったら悲しいよ』
「……そうか」
もっと何か……何を言ったら振り返ってくれる?単純に少しでも元気づけたいだけ。アイリッシュの笑った顔が好きだから。
『アイリッシュってさ……私のことガキだって言ってバカにするし、気が向かなきゃ相手してくれないし……』
「んだよ、悪口か?」
『……半分はね。でも、練習に付き合ってくれたり、悪いところは指摘してくれたり、ちょっとは優しいところもあるじゃん』
「……ちょっとかよ」
『うん。だから、その……私はそう思うんだけど……』
「何が」
『あ、えっと……もし、その……ち、父親がいたらこんな感じ、なのかなって……』
「は?」
『わ、私は本当の親を知らないから……普通っていうのもよくわからないけど、その……』
再び訪れた沈黙。半ば勢いで言ってしまったけど、もしかしてすごくまずいことだった?
「ふっ……はははっ……」