第53章 たぶん、そんな感じ
アイリッシュはどこに行ったか、車のエンジンをかけながら考える。そもそも、アイリッシュと一緒に行った場所なんて数えるほどしかないし、それも私がこの組織に来て間もない頃のことだ。だから、場所も行き方もまともに覚えてない。
―この場所は割と気に入ってる。誰にも言うなよ。
『……あそこか』
唯一まともに覚えている場所があった。そこにいなければ諦め……いや、出るまで何度も電話をかけてやる。
外は昨日と同じく雪が降っていて、少し薄暗い。運転をしながら過去の記憶を掘り起こし、法定速度ギリギリで車を走らせた。
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『ここ、だったよね』
どうにか辿り着いた場所にアイリッシュの車を見つけて、少し安心した。
町の外れにある小高い丘。途中までは車で行けるけど、頂上までは少し歩かなければならない。
車を降りると、靴の底が雪に埋まる。吐き出す息は白い。トランクから傘を取り出してさした。そして、残された足跡はまだ形がくっきり残っている。私の足より一回り大きいその跡の上を通りながら頂上へ向かった。
頂上にひとつだけ置かれたベンチ。そこにアイリッシュの姿はあった。頭と傘には薄ら雪が乗っている。
『……風邪ひくよ』
アイリッシュの上から降る雪を遮るように傘をさす。
「……なんでここがわかった」
『前にアイリッシュが教えてくれたんだよ。気に入ってるから誰にも言うなって』
「そうだったか……」
前に連れてきてもらった時は、ここから見下ろした夜景がすごく綺麗だった気がする。今は一面真っ白。そのせいか、音がないと妙に緊張する。
『……ピスコのことだよね』
私が絞り出せたのはそれだけだった。アイリッシュがあんなに怒る理由なんてそれくらいしか思いつかなかった。ピスコを、ジンに殺されたから。
「わかっちゃいるんだ。アイツが……ピスコが始末されてもおかしくねえようなミスをしたことくらい……」
『……』
言葉が出てこなかった。こんな弱々しいアイリッシュを見るのは初めてだし、でも、それだけ彼にとってピスコという存在が大きかったのだと気づいた。
「あの方の命令なら逆らいようがねえ……理解はしてる。それでも許せねえ……」
『……わかるよ』
「お前に何がわかる」
アイリッシュは鼻で笑った。そうだよね……だるくて普段より頭の回転が良くない気がするとは言え、少し無神経だった。