第52章 彼女の痕跡
髪の毛だけでシェリーだとわかるほど親密だったのかな……気になるけど、今は聞くべきじゃないだろう。
『……彼女ほど警戒心の強い子が、そう簡単に顔を見せると思うの?』
シェリーの性格からして、盗聴器と発信機を仕掛けたとしても、自分が殺されるリスクを負ってまで来るとは考えにくい。
「例の薬のことを匂わせておいた。あの女は必ず来る」
ジンの言葉を聞いて私は唇を噛んだ。あの薬が絡むなら……来て欲しくないけど、来てしまう気がする。
『……わかった。入口を見張ればいいのね。もし、シェリーを見つけたら?』
「一度連絡しろ。その時の状況次第で決める」
ここは大人しく命令に従うしかないようだ。ジンの車をおりて、自分の車へ向かう。
見張りか……それだったらもっとマシな服装で来たのに。今の格好じゃ店に入っても目立つ。車を長時間ここに止めたままではちゃんと見えないし。
だとすると、必然的に外で見張ることになる。人目につきにくい場所……向かいのビルの屋上か。杯戸シティホテルより低い建物だが、入口付近を見張る分には十分だ。見つけたくはないけど……シェリーの髪色は比較的目につく。とりあえず、風邪ひいたら文句言ってやる。
しばらくして警察やマスコミが入口にごった返してきた。きっとピスコの任務のせいだろう。スマホを開いてみると、シャンデリア落下、事故、殺人事件等々の文字が。ずいぶん派手にやったな。
『はぁ……』
骨が折れるどころではない。あの人混みの中にいるかもわからないシェリーの姿をどう探せと言うのだ。もし、彼女があの薬によって幼児化していたら尚更見つけられない。
にしても、さっきからホテルの前に止まってるあの黄色のビートル邪魔だな……。
『……あれ』
ジンの車がホテルの前に止まった。ジンとウォッカがおりてきてホテルへ入っていく。
ということは、もう既にシェリーは会場内?人混みに紛れて気づかないうちに?いや、見張りを始める前に会場に入っていた可能性もあるけど……。
『……もう無理』
手足の先の感覚がない。寒い。もうここまで来たら怒られてもいい。階段は踏み外さないようにゆっくりおりて、自分の足が許す限りの速さで車に戻り、エンジンをかけて暖房を最大まで上げる。
ラジオで事件の状況を聞きながらかじかむ指でスマホを操作し、出てきたのは明日の朝刊の芸能面。