第36章 諦めませんから
『……全部買っちゃう?』
「ありがたいですけど、そんなにたくさんはいりません。二つ選んでください」
頭の中でバーボンと並べられたネクタイを一つずつ重ね合わせるけど、今日のラフな格好だとイメージが完成しない。
「……ちょっと見たいものがあるので行ってきても?」
『いいよ……あ、それ会計まだでしょ?一緒に会計するから置いてって』
「僕が着るものですから僕が……」
『駄目。こんなので借りを返せるとは思ってないけど……私に買わせて』
「……それではお言葉に甘えます。僕が戻るより早く店を出るようなら連絡くださいね」
バーボンの姿が見えなくなってから数分。悩んだ挙句、ボーダー柄と無地のものを選んだ。
『……ネクタイピンはいるのかな?』
バーボンのことだし、あれば使ってくれるだろう。そう思ってゴールドのシンプルなデザインのものも一つ手に取った。
「お決めになられましたか?」
先程の男性が声をかけてきた。
『あ、はい。おかげさまで……あの、会計を』
「ありがとうございます。それではこちらへ」
ちょっと高い買い物だな……でも、これでもまだ借りを返せたとは思えない。あとは何ができるだろう。
「……このネクタイは先程のお連れ様へのプレゼントでしょうか?」
不意に男性に聞かれた。
『あ、そうです。選んで欲しいって言われて……』
「おや、そうでしたか。それなら彼は並々ならぬ思いを貴女に寄せておられるのですね」
『え?』
「プレゼントにはたくさんの思いや気持ちが込められるものです。もちろんネクタイにも。
『それってどんな……』
聞こうとすると男性は微笑んだ。そして背後に気配を感じて振り返った。
『……タイミング悪い』
「そんなこと言わないでください。ちょうど僕の用事も終わったんです」
小さくため息をついて向き直ると買ったものたちは丁寧に袋に入れられていた。
「お買い上げありがとうございます。またどうぞいらしてくださいませ」
結局話が中途半端なまま店を出ることになった。
「あの店員の方と話し込んでいたみたいですけど、何の話を?」
『プレゼントの意味。ねえ、プレゼントにネクタイを選ぶのってどんな意味があるの?』
「知らないんですか?」
『ネクタイなんて買ったことないもん』
「そうですか。ネクタイには……」