第36章 諦めませんから
『ちょっと、やだ……』
「嫌?この前まであんなに僕の下で喜んでたのに?」
『それはそうだけど……』
「……期待してたんですよ、好きになりたいって言ってくれて。嘘だったんですか?」
『嘘じゃない……けど、でも今は……』
「貴女が他の男に抱かれて喘いでいるのを聞いた時、僕がどんな気持ちになったかわかりますか?」
『っ……』
「酷くされてたようですけど、それでも気持ち良さそうでしたもんね……どうにかなるかと思いましたよ、嫉妬と屈辱で……キスマークもこんなに付けられて」
首に這う指は冷たくて思わずギュッと目を瞑った。淡々と告げられる言葉は無数の針になって私の心に突き刺さる。あの時、本当に自分のことしか考えてなかった。嘘を言ったつもりはないけど、責任の取れないその場しのぎの言葉だったかもしれない。
私は……どれだけ彼を苦しめたんだろう。
「泣かせたいわけじゃなかったんてすけど……言い過ぎましたかね」
目尻に溜まった涙を指で拭われた。でも、何度拭っても溢れてくるから少しずつ零れていく。
「……少しは僕の気持ち、わかってくれましたか」
その問いに小さく頷いた。バーボンは小さく笑みを漏らし、私の唇を指でなぞる。そして、グッと顔が近づいた。
キスされる……そう思って顔を逸らしながら、バーボンの口を手で塞いだ。手のひらに唇の柔らかさを感じる。
『っ……ごめん……』
「……貴女らしい」
少し眉を下げながらぽつりと呟いて離れていった。
「明日は早めに出ましょうか」
『……うん』
「それじゃ、僕は寝ます。おやすみなさい」
バーボンはさっさとベッドに入って、私に背を向けて寝てしまった。
寒いわけじゃないのに、指先が冷たい。バーボンの言葉を思い出して心がズキズキ痛む。こんなに酷いことをしたのに、どうして諦めてくれないの……いつもは嬉しいその優しさが、今はどうしようもなく辛い。
離れればいいのに、以前のようにただ同じ組織のメンバーだと思えばいいのに……私から離れることはしないんだと思う。
だって、バーボンは何度も助けてくれたから。優しくキスを落として、何度も涙を拭ってくれて。
『……ごめん』
バーボンから拒絶されない限り私はその優しさに甘え続け、バーボンを苦しめ続けるのに。
向けてくれる好意と同じものを返すことなんてできないのに。