第32章 忘れたい※
『……ごめんね』
「どうして謝るんですか」
『なんて言うか……巻き込んじゃって』
「気にしないでください。僕が好きでやってることです」
『なんで怒らないの?!』
「怒る理由がありません」
そんな会話をしてると車が止まる。おりるように促されたけど、俯いたまま動く気になれなかった。
「マティーニ……」
『怒ってよ……じゃないと私、どんどん駄目になる……』
ここまで自分の意思が尊重される生活なんてしたことがなくて、自分の世界が崩れていく気がする。こんな世界に居ていいわけないのに、それを望もうとしてる自分が怖い。でも、まだアジトには戻れない。
矛盾してる自分がすごく嫌だ。全ての元凶は私なのに。
「マティーニ、顔あげてください」
『もうやだ……』
声が震える。涙が浮かんで零れそうになる。すると右頬にバーボンの手が触れた。
「亜夜、顔あげてください」
本当の名前を呼ばれてゆっくり顔をあげた。頬にある手が頭の後ろにまわって引き寄せられ、そっと唇が重なる。一筋の涙が頬をつたった。
「……すみません、動けますか?」
『うん……』
促されて今度はゆっくり車をおりた。差し出されていたバーボンの手を掴んで、少し後ろをついて部屋へ向かった。食事する気にはならなくて、先にシャワーを浴びて着替えてベッドに入る。ベッドは1つしかないから、バーボンも一緒に寝てるけど、気持ちが晴れなくて壁の方を向いた。
「……髪、乾かさないと風邪引きますよ」
バーボンの声が聞こえたけど起き上がることもせず、布団の端を口元まで引っ張った。起きる気がないことを察してか、バーボンはそれ以上のことは言わず、頭をゆっくり撫でてくる。
「……僕はどうしたらいいですか」
『私だって聞きたい』
気持ちが不安定で何を考えても否定的。思考を一度放棄すれば、楽になれるのかな。
『ねえ』
「なんですか?」
『……抱いてって言ったらしてくれる?』
「もちろん、僕でいいのなら」
『それなら抱いて。全部忘れるくらい』
「……わかりました」
身体を起こせば、それと同時に口が塞がれる。すぐに舌が入ってきて私の舌が絡め取られる。パジャマのボタンが1つずつ外されていって、ブラをつけていない肌が空気に晒される。
セックスなんていつぶりだろう……身体どのくらい持つかな……。