第32章 忘れたい※
バーボンの部屋で生活を初めて2週間。アジトにいる時より平凡な生活だけど、それでも過ごしやすくて気が楽だった。メールの確認は必ず外で。居場所が簡単にバレないように、スマホを開く場所も時間も可能な限りずらした。
しかし……アイリッシュに会えなかったのは残念だな。本人も残念がつてたし……次こそは予定合わせないと。もちろんアポも取ってから。
「今日は何の任務ですか?」
『取引。キャンティとコルンと一緒』
「そうですか。迎えはどうします?」
『……終わったら連絡いれるね』
「わかりました。気をつけて」
バーボンに軽くキスをされる。最初はなんとなく抵抗したけど、今となっては当たり前になりつつある。それなのに、キス以上のことはされない。まあ、別にいいんだけど……。
『行ってきます』
人目を避けながら待ち合わせの場所へ。そしてキャンティ達と合流。
「マティーニ!」
車をおりてきたキャンティがギューッと抱きついてくる。
『ちょ、キャンティ、苦しい』
「全く、いつ戻ってくるんだい?!」
『まだ決まってないけど……どうして?』
「どうしてもなにも……アジトの空気が最っ悪なのさ!」
『何かあったの?』
「ジン、怒ってる。ウォッカ、死にそうな顔してる」
「そうそう!ジンの奴、誰彼構わず殺気振りまきやがって……末端の奴らも怯えちまって」
『そうなんだ……でも、ごめん。もうしばらくは……』
「何があったのか無理に聞く気はないけどさ……できるだけ早く戻ってくれよ」
『うん』
取引はスムーズに終わって、受け取った物はキャンティ達に預ける。別れ際、再度念押しされて去っていく車を見送った。
『……なんでジンが怒るの』
都合のいい女がいなくなったから?でも、ウォッカが疲弊するほどなんて……彼には悪いけど、心の整理がつかない。モヤモヤしたまま取引場所から離れ、スマホの電源を入れてバーボンへメールを送った。
十数分後、迎えに来てくれたバーボンの車に乗り込んだ。
『その格好……任務だった?』
「いえ、呼び出しがあったのでアジトまで行ってきたんです」
『……そうなんだ』
そう言われれば、普段バーボンからすることのない匂いがする。ジンのタバコの匂いが。よく見ればシャツの胸元も不自然なシワがついている。
『何もされてない?』
「ええ、大丈夫です」