第30章 不安
『何、その格好』
「……クライアントと会っていたんです」
なんとなく嘘だと思った。でも、問い詰めたところではぐらかされるだけだ。
「アジトまで送ります。乗ってください」
『やだ、しばらく帰らない。それに、車のシート濡れちゃう』
何があったんですか、と聞いてこないのは彼なりの優しさだろう。こういう部分には本当に救われる。
「人の車より、自身の心配をしてください。さあ、どうぞ」
『……ごめん、ありがとう』
びしょ濡れのバッグは持ち上げる途中でバーボンの手に奪われた。先に歩き出した彼の後を追う。車の中はぼんやり暖かくて、変な温度が体を包む。
「どこへ行くつもりだったんですか?」
『……適当なホテルでおろして』
「そんな状態で行けば、印象に残り過ぎると思いませんか?」
『じゃあどうしろって言うのよ。アジトには戻りたくないの』
「……嫌でなければ僕の家に来ませんか」
『え?』
「決まりですね。行きましょう」
返事をする間もなく車は走り出した。体が熱い気がする……。
着いたマンションはこじんまりとしていて、とてもバーボンが住んでるとは思えないような所。
『……以外。もっと派手な所だと思った』
「最悪の時のためです。すぐに部屋を空けられるように」
その言葉通りで、部屋はそこそこ広いけど、ある物は必要最低限といった感じ。
「シャワー、好きに使ってください」
『……うん』
頭がボーッとする。なんだろう、体も怠い……気のせいかな?そう思ってバスルームに入った。
お湯を頭から浴びると、体の端の方までジワジワと血が巡っていくような感覚。紫っぽい色をしていた爪の先も赤みが戻りつつある。同時になんかクラクラしてきた。
こんな所で倒れる訳には……とある程度体が温まったところでバスルームを出た。そこにはタオルとスウェットが置いてある。着ていいのか……?少し悩んだけど、せっかく温まった体が急に冷めていくので、体を拭いてスウェットを着た。サイズが大きいから裾を折って……下着がないのはしょうがない。
……なんかおかしい。体は寒いのに頭は熱い。フラフラと部屋へ戻ると、バーボンは私のバッグから服を取り出して干しているところだった。
「あ、勝手にすみません。濡れたままよりいいかと……マティーニ?」
バーボンが近づいてきて、額に手が当てられた。