第29章 譲れないもの※微
「は……?何よ、誰なのっ?!」
「連絡が遅いかと思えば……ずいぶんな格好ですね、マティーニ?」
『遅かったじゃない、バーボン』
「すみません、合鍵を手に入れるのに手間取ったものですから」
聞こえた声に女の顔がサッと曇り、私の周りに立つ男達の動きがピタリと止まった。
「おい、マティーニとバーボンって……」
「酒の名前じゃねえかよ!こいつら関わったらやべぇ!」
先程までの威勢のよさはどこへやら。最低限の身だしなみを整えて部屋を出ていこうとする。
「ちょっとあんた達!どういうつもりよ!」
「こっちのセリフだ!こんな危ねぇヤツらが相手だなんて聞いてねえぞ!」
「は?危ないってなによ……」
「とぼけんな!こっち側じゃ有名な話だろうがよ!」
「酒の名前で呼びあってるヤツらに手出して、消された奴がどれだけいると思ってんだよ!」
「報酬もいらねぇ!こんなところで死んでたまるかよ!」
男達は口々にそう叫びながら、ドアが外れた出口へ向かっていく。
しかし、先頭に立つ男があと一歩で部屋を出切る……といったところでその体は部屋の内側へ倒れてきた。仰向けに倒れた男の額には弾丸がめり込んだ跡が……顔にも血飛沫が飛んでいて、じわじわと体の下から血が流れてくる。
「ひぃっ……」
情けない声をあげながら残りの男達は、少しずつ部屋の奥へと退いていく。ガタンと音がした方を見れば、女が地面にへたり込んでいた。脚は小刻みに震えているようだ。きっと、人が目の前で死ぬのは初めてなのだろう。
男の額を撃ち抜いた拳銃を構えたまま、部屋に入ってきたのは……ジンと、その後ろに変装を解いたウォッカ。
「てめぇら……どこの組織のヤツだ?」
「お、俺達はこの女に雇われただけだ!ま、まさか、あんた達の仲間だなんて……知ってたら手なんか出してねぇ!」
「なっ……あんた達だって喜んでたじゃない!」
お互いを売りあって自分は助かろうという魂胆か……可哀想に。
ジンと目が合った。思い切り睨まれて、その銃口は私に向けられた。
「余計な仕事、増やしてんじゃねえよ」
『……ごめん』
バンッ、と乾いた音。そして手首に衝撃が走った。
『いったぁ……』
弾丸は手錠と柱を繋いでいた鎖を砕いた。その破片がパラパラと頭に落ちてくる。上に縛り付ける力がなくなって、腕はパタリと下に垂れた。