第29章 譲れないもの※微
女のほかに、スーツを着た男が6人。気迫も何も感じない。手錠さえなければ、素手で倒せるだろう。
視線が合うと、その女はつまらなさそうに口を尖らせた。
「もっと驚くとか怖がるとかしてよ。面白くないなぁ」
『……ここはどこ』
「んー?ここはさっきのパーティ会場の地下。私のパパが作らせた秘密の取引場所」
やはりあの欠陥工事はフェイクで、実際はこの場所を作らせていたのか。大きめの応接間みたいな感じで、内装は綺麗だが……取引場所と言うだけあって、隠れられそうな場所はないし、入口も一つだけ。
無意識に手を動かしたようで、手錠が音を立てた。
「あははっ、逃げれるわけないじゃん!助けを呼ぶことだってできないんだから!」
その言葉を聞いて、耳につけていた通信機が外されていることに気づいた。太もものホルスターも空になっている。
「そもそも、ここの鍵を持ってるのって私とパパだけだし!セキュリティは厳重だから鍵がなきゃ開けられないし!」
女は椅子から立ち上がり、笑いながら近付いてくる。そして、目の前にしゃがみこんで首を傾げた。
「なんでパパが、あんたみたいな女にビビってるのか知らないけど……こんな簡単に捕まえられたんだし……変なの」
それは私にビビってるんじゃなくて、私が属してる組織にビビってるんだ。そんなこと言ったって理解しないだろうけど。
「ねえ、そろそろなんとか言ったら?」
『……社長令嬢もずいぶん暇なのね』
「はぁ?あんた、今この状況わかってる?」
『自分の置かれてる立場くらいなら』
「それならもっと怯えるとかしてよ」
『じゃあ、理由を聞かせてもらっても?』
そう言うと、女はニッコリと笑った。聞くことを間違えたかな……だが、理由がわからなければ、その後の対応も考えられない。
「私ね……彼が欲しいのよ」
『彼?』
「そう!あの金髪で青い目をした彼!」
バーボンが不憫……どうしてここまで好かれているんだろう。確かに外見はかっこいいし、気も使えるけど。
「本当にかっこよくて大好きなの!この間、抱いてくれたし、それもすごいよかったから……」
見事に事実を知らないようで呆れてしまう。ため息はどうにか抑えたけど。
『それと私を拉致したことが、どう繋がるのかわからないわ』
今の今まで幸せそうな笑顔が満ちていた顔が、一瞬で不機嫌になった。