第26章 上書き※
その言葉に返せたのは舌打ちだけ。亜夜は少しだけ悲しそうな顔をした。
好き
俺が言うことができないその言葉をバーボンは簡単に言った。しかも、そのせいでこいつの中からその影が消えない。
こんなことならもっと早く言ってしまえばよかったのか……都合のいい関係なんて馬鹿みたいな繋がりにしなければ。
言葉にできない気持ちを押し付けるようにして、亜夜のナカをゆっくり擦った。自分の限界も近くてこいつの耳元に口を寄せる。
『ジン……っあ、好き、だよ』
「ああ……知ってる」
『ねえ……んんっ……』
どんな言葉が続くのか、それ知るのが怖くて唇を塞いだ。体力の限界も近い亜夜の舌の動きは鈍くて、それすらも……愛おしくて仕方なかった。
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後処理を済ませる頃にはもう日付が変わっていた。が、早いに越したことはない。
「……こんな時間に何の用ですか?」
電話越しのバーボンの声に殺気が込み上げる。
「てめぇ……人の物に余計なことしてんじゃねえ」
「人の……?ああ、あれは任務の一環でしょう?僕に言われても困ります」
「黙れ。素直に聞いときゃいいんだよ」
「と言うか人の物って……マティーニと貴方は恋人同士ではないと聞きましたが?」
「……必要最低限、あいつには近づくな」
「それはお断りします。僕、彼女のことが好きなので」
手に持ったスマホがミシッと音を立てる。
「あ?てめぇ……」
「ある程度の関係はあるようですが、恋人ではないんですよね?なら、貴方の言葉を聞く理由がない。それに……」
電話口でバーボンの鼻で笑う声が聞こえた。
「愛の言葉一つ囁けない貴方が、彼女を幸せにできると思ってるんですか?もしそうなら……」
「死にたくなきゃ黙れ」
「おっと……怖い怖い。しかし、僕は本気ですから」
用件はそれだけですか?と、いつもと変わらぬ声に電話を叩き切った。
規則正しい寝息を立てる亜夜。こいつはそんな言葉なんか求めないと思っていた。俺が聞かされるだけで十分であると。
亜夜の髪をすきながら触れるだけのキスを落とす。
「……愛してる」
もし、お前が起きている時にそう言えたら、どんな反応を見せる?
ここまで来てしまったら……その顔を見ることなんてないだろうが。