第19章 アンバランス
『……あら、貴方まだ生きてたのね』
「ひっ……そ、その節は大変失礼致しましたっ!!」
「なによ……パパ、知り合い?」
怪訝そうな顔の女性。まあ、無理もないか。
「こ、この度も娘が大変な失礼を……!」
深々と頭を下げてくる。視線が集まってくる。全く……余計なことばかりするヤツ。持っていたハンカチで、メイクが崩れない程度に水気を拭き取る。
『あまり目立ちたくないの……顔上げなさい』
おずおずと顔を上げる男。娘の方はふくれっ面。
『もう少しちゃんとしたマナーくらい学ばせたら?……じゃあ、これで』
ライとバーボンに目配せをして男の横を通り抜ける。
『次があるといいわね』
すれ違いざまに囁けば明らかな反応。呼び止められたが無視して出口に向かって歩いた。
「これ、羽織っていろ」
ライにジャケットを渡される。それを受け取って肩にかけた。フワッと私と同じタバコの匂いがする。
「車を寄せてくる。少し待ってろ」
ライはそのまま会場を出ていった。
「……すみませんでした」
バーボンの声は本当に申し訳なさそうで、きっと表情も硬そう。顔を合わせるのはなんとなく嫌だった。
『もう少し、女のあしらい方覚えなさいね』
「ええ、もちろんです」
暗い雰囲気の原因は今日のことだけではない気がする。過ぎたことなんて言ったくせに……。
「忘れるつもりだったんですか?」
『何を?』
脈絡のない話を振られて首を傾げる。すると肩をトントンと突かれる。
『え?……ああ』
そこはキスマークのある場所。きっと男に腕を回された時に擦れて隠せなくなっていたのだろう。
『……そうできたらよかったのかもね』
あの瞬間を、スコッチのことを忘れられたらどれだけ楽になるだろう。そう思っている時点でもう手遅れなのかもしれない。
「忘れる気はないんですね」
『その気がないんじゃなくて、そうすることができないんだと思う』
「へえ、貴女程の人がですか」
『たとえ敵であったとしても……彼と過ごした時間の全てが嘘ではないと思ってるから』
そう言ってバーボンを見ると、少し驚いたような顔をしていた。
「貴女は……」
『ねえ、貴方のこと信じていいのよね?』
言葉を遮って問うと、いつも通りの笑顔を向けられる。
「……もちろんです」
『そう……よかった』
その言葉に微笑み返した。