第6章 水族館
「ここでいい」
「え、でも…」
引き止めた花里から、申し訳なさそうな、遠慮している様子が窺える。
やはり先程の俺は、花里には嫌そうにしていると映ったようだ。
「嫌じゃない。ここにしよう」
少し言い方を変えてみると、俺の言いたい事が伝わったようで、花里の顔がぱぁっと明るくなった。
言いたい事を言うのはいい事だが、伝え方も大事だなと改めて思った。
これからは、うんと気を付けよう。
座席の真ん中ら辺まで移動し、二人でそこへ座ってみる。
大きな水槽より若干高めの位置だったので、全体をよく見渡せる。
手を伸ばせば届きそう…、とまでは言わないが、結構な近さに感じられた。
今はまだイルカはいないので、水面が静かに揺らいでいる。
「近いな」
「ここならきっと迫力満点ですよ!」
まだかまだかと、ワクワクしながら待つその姿がまるで子どものようで、可愛いな…と、自然と頬が緩む。
「好きなんだな、イルカ」
「はい!賢くて、かわいいです!」
「賢いな、確かに」
「後は、思い出…かなぁ」
「思い出?」
どこか懐かしむように、花里が話し始めた。
「ここじゃないんですけど、まだ元気だった頃、父がよく水族館連れて行ってくれました。父もイルカ大好きで、来たら必ず行くんです、イルカショー。それで、父も私も一番前に座るんです。濡れるでしょ!って母は呆れるんですけど、でも結局一緒に座ってくれて。三人でびしょ濡れで大笑いして、…楽しかったなぁ」
亡き父との大切な思い出なのだろう。
当時を思い出しながら、楽しそうに話してくれる花里。
見ていない俺でも、その時の三人の楽しそうな姿が想像出来た。
「良い思い出だ。大切にするといい」
「はい!」
「素直でよろしい」と、よしよしと頭をなでてやる。
すると、またもやぽっと顔を赤らめる花里。
またやってしまった…
「すまない。嫌なら言ってくれて構わない…」
「あのっ、これは…嫌じゃなくて。……照れてます」
そう言って、花里は両手でパッと顔を隠してしまった。
…
と言うことは、今までずっと照れていたと言うことか。
…なんだろうか。
今俺は…
花里を無性に抱きしめたくて堪らないのだが。