第5章 あの時…
「いや、伊黒は悪くない。俺が錆兎に頼り過ぎた」
「錆兎はお前に甘いからな。アイツの気持ちも分からんでもないが。…しかし、このままお前が錆兎に頼りっきりで社会人を迎える事が俺は心配だ。…物凄く!」
「……」
心配されてた、思っていた以上に。
しかし喧嘩をしていたにも関わらず、俺の事を見捨てないでいてくれた事に、俺は感動を覚える。
「まずは特訓だな」
「……ん?」
なんの?
「立派な社会人に成るためにはまず就職せねばならない。その為に必要なのは就職試験突破だ。冨岡、お前も受ける所はキメツ学園だろう?」
「そうだが…」
「…よし、決めたぞ」
何を決めたのだろうか。
嫌な予感がするのだが…。
「9月の就職試験に向けて、お前が1番苦手とする面接の特訓だ。俺と錆兎、それから不死川の3人でみっちり鍛えてやる」
「……」
「覚悟しろ冨岡」
「…た…助かる…」
心なしか、伊黒が楽しそうだ。
またあの時のように集まれるのかと嬉しくはあるのだが…
あの3人だ。
きっとスパルタに違いない。
その時を想像するだけで、恐怖で竦み上がった。
後に“無限質疑応答“と名付けられたこの訓練は、主に不死川による本番に聞かれると予想したありとあらゆる質問攻めである。
質問に終わりが無く、俺が泣くか心折れるかするまで延々と続けられたのだが…
その話はまた別の機会にするとしよう。
「冨岡、…絶対受かれ」
「そのつもりだが」
何か、言わんとする事があるのだろうか。
含みのある言い方が気になり、俺は伊黒が続けようとしている言葉を待った。
「柚葉が明日からキメツ学園に転校する。冨岡、以前の学校での話は聞いてるか?」
「大体、本人から聞いている」
「ならば話が早い。本人は大丈夫だと言うのだが、俺は少し心配なのだ。暫くは無理だが、無事に試験に受かれば4月からはキメツ学園の教師だ。そうなれば直接ではなくとも、近くで柚葉の様子を見ていてやれる。だから冨岡、お前にも協力してもらいたい」
それは、俺も花里を見守ってやって欲しいという事だろうか。
実は俺も、お前なら大丈夫だと言ったものの、やはり少し心配していた所だ。
従って、伊黒の頼みを断る理由はどこにもなかった。