第1章 出逢い
帰宅ラッシュの時間はもう過ぎていたようで、乗り込んだ車両は俺達以外誰も乗っていなかった。
「誰もいませんね」
「あぁ、座り放題だな」
そんな事を言いながら、取り敢えず車両の中程の、壁側にくっついている長い座席の丁度ど真ん中に座ってみる。
「立ってると危ない。ここに座るといい」
「あ、はい」
俺がそう言うと、花里は素直に俺の隣にチョンと座った。
その直後、電車がガタン…ゴトン…とゆっくり動き出した。
どうする…何か話した方がいいのだろうか。
取りあえず何か目に入ったものをと思い、窓の外を見た。
「…暗くなって来たな」
「そうですね」
これはさっき乗る前に言ったな、と思った。
「…まだ梅雨入り前だが、もう暑いな」
「はい、暑いですね」
「……」
「……」
会話が終了した。
あぁ、……何を話せばいいのだろうか。
俺はどちらかと言うと、あまりお喋りは得意な方じゃない。
だから、何もない所から話題を作るのが苦手だ。
親しい奴なら別だが…殆ど話した事のない奴が相手だと、本当にどうしたらいいか分からないのだ。
こういう時錆兎なら、ポンポンと会話を弾ませられるのだろう。
アイツはおしゃべりが上手だ。
それに比べて俺はというと、口下手な自分に嫌気が差す。
さて、本格的に、どうしたものか。
花里はさっきからずっと黙ったままだ。
もしかして、何か話をしようとして考え込んでいるのだろうか?
そんな自分に都合の良い解釈をしてしまった俺は、考える邪魔をしてはいけないなと一緒に黙っている事にした。
目の前の、窓の外の景色が勢い良く流れていく。
その内に段々と景色がゆっくりと目で追えるようになり、プシューッと音を立て、駅で電車が停車した。
俺達のいる車両に乗ってくる人は誰もいなかった。
ガタン…ゴトン…、とまた電車は動き出す。