第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
杏寿郎の息づかいを間近でしっかりと感じる七瀬。
恋人の力を少し借りると言うべきか。はたまた分けてもらうと言うべきか。
『こうやっておでこを当ててもらうの、本当に好き』
心が満たされていく気持ちを、体にじっくりと染み込ませるように味わっていると額がスッと離れ、その場所から温もりが遠のいていく。
『ん?もう終わり?』
—— 七瀬が思ったのも束の間。
彼女の唇にちう……と1つ柔らかい口づけが降って来た。
触れられるだけではあるが、気持ちがたくさんこもった口付けだ。杏寿郎の温かい唇が名残惜しそうにゆっくり、ゆっくりそこから離れていく。
そろそろ…と目を開けると、そこには七瀬の事をとても愛おしそうに見ている杏寿郎の顔があった。
「この続きは、任務が全て終わってからにしておこう」
ポン、と彼女の頭に掌を乗せた後、耳元に届いたのは低音の囁き。
「これ以上進めると、歯止めが効かなくなるからな」
『私……本当に杏寿郎さんには敵わないや』
七瀬は右手でしばし口元を押さえながら、炎の羽織を纏った恋人の背中を小走りで追いかけていった。
さて、場所は変わりここは東京駅。
たくさんの人が行き交う出発地点であると同時に終着地点でもある駅だ。
駅舎は共に建築家である辰野金吾と葛西萬司が設計し、その様相は「辰野式ルネッサンス」と呼ばれており、皇室用の玄関である「天皇の駅」としての象徴的な意味ももたらされている。
建築様式は埼玉県深谷市から、鉄道で輸送されたレンガと鉄筋で作られており、3階建ての豪壮華麗な洋式。
南北にそれぞれ半球形(=ドーム状)の屋根があり、大正時代は丸の内南口が乗車口、丸の内北口が降車口と分けて使用されていたそうだ。
「あっ、煉獄さん!七瀬!こっちです!」
背中に霧雲杉の木箱を背負い、2人に声をかけるのは炭治郎。丸の内南口には彼の他、善逸とカナヲが側に立っている。