第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
「ふふ、槇寿郎さんありがとうございます。嬉しいです」
「俺はこんな事ぐらいしか出来ない。それから七瀬さん」
はい、と返事をした彼女は姿勢をピシッと正した。
「決して1人で戦おうとしないように。それから気負いすぎも禁物だぞ」
「はい、ありがとうございます…」
『やっぱり親子だなあ』
七瀬はほわっと胸の中があたたかくなった。
「杏寿郎」
「……はい」
槇寿郎の双眸が息子をじいっと見据える。
「必ず戻って来い……七瀬さんと共にな」
「父上……ええ、必ず」
その後千寿郎と槇寿郎から切り火を受けた2人は、玄関を出る前にもう一度挨拶をし、門扉へ向かった。
「今回はその羽織を着るのだろうなと思っていた」
「本当になんでもお見通しですよね」
杏寿郎が門扉の前で一度立ち止まり、七瀬に声をかける。
彼女は以前の恋人だった巧が生前着用していた、青紫色の羽織を隊服の上から身に纏っていた。
しかし、そのままの長さだと七瀬には大きかった為、少し手直しをしたのだ。
血液が付着している箇所は可能な限り洗って落とし、手先が器用なアオイと一緒に繕い直して仕上げた羽織だ。
「脚絆はいつもの八雲柄なのだな」
「はい、手元にはこれもつけて来ました」
左手を杏寿郎の前に出した七瀬の手首には、将門塚再建時に身につけていた赤の組紐がまかれている。
「この組紐のお陰で朝霧にも勝てましたし、新しい験担ぎです」
「そうか!」
ポン、と彼女の頭に彼の右手が置かれた。
「あの、いつものあれ。やって下さい」
トントン、と自分のおでこを人差し指で叩く七瀬に対し、”はっきり言ってくれないとわからない” —— そう言って杏寿郎は顔を近づけるが、そこから先は動かない。
『相変わらず私に言わせたいんだなあ。本当に意地悪なんだから』
「おでこ、当てて下さい」
彼女はもう一度自分のおでこを指さして、ゆっくりと目をつぶる。
目の前でフッと笑う気配がした。
その瞬間、杏寿郎は恋人の両頬を優しく掌で包み、自分のおでこをコツンと七瀬のそこへ当てる。