第60章 主と酒と
「じゃ、今度僕の相手してよ。」
「いいですよ。」
大和守が手合わせを申し出たようだ。主は休むことなく、打ち合いを始める。
タフ過ぎる…。
人間にしては随分呑んでた筈なのに、二日酔いにならなかったのかしら。
アタシは、這うようにして道場の端まで辿り着くと、堪らずごろんと寝転がる。
「大丈夫か?次郎の旦那。」
見上げると、頭上から薬研が覗き込んでいた。
アタシは緩く首を横に振る。
「早く布団に入りたい。」
酒が抜けない限り、このムカムカは治りそうにない。
すると、薬研は少し困ったように笑い、茶色い紙包みをひらひらとさせて見せた。
「二日酔いの薬、飲むか?」
アタシは神を見た。
「ほしい、ほしい。ちょうだい。」
思わず手を伸ばす。
「ほら。」
「ありがとう。これでこのムカムカから解放されるわぁ。」
アタシは薬を握りしめて、じぃんと彼の優しさを噛み締めた。
「大将は容赦ないからな。稽古前日には酒を控えた方がいいぞ。」
今日で十分痛感した。
特に主が出る日は、深酒は禁物だ。
「よく覚えとくよ。」
アタシは起き上がり、一緒に貰った水で、苦い薬を一気に流し込んだ。