第60章 主と酒と
「…ほんとに。黙ってると可愛いんだけどな。」
いつの間にか鶴丸が隣に来て、一緒にレンを覗き込んでは笑っていた。
「きみは本当にレンと喧嘩をしたことがあるのかい?」
普段から明るく快活な鶴丸と、淡々としていて、感情を露わにしたところを見たことがない主からは、想像がつかない。
「あぁ、したぞ。しかも男のように取っ組み合いをな。あの頃はまだ俺もレンに対して疑心暗鬼になっていたから。」
懐かしむように言って、鶴丸はレンの鼻をむにっと摘んだ。
すると彼女は顔を顰めて煩そうに手を払う。
取っ組み合いなのか…。
なんともまぁ、雅ではない。
思わず渋い顔を作ってしまい。それを見た鶴丸は可笑しそうに笑う。
「ははっ。レン、起きろよ。一緒に呑もう。」
鶴丸がつんつんと頬を突くと、レンが半分目を開けた。
明らかに眠そうだ。
「お、起きたな!レン、呑もうぜ!」
鶴丸が楽しそうに言うと、レンがむっくりと起き上がり、鶴丸の前にぺたんと座り込んでじっと彼を見始めた。
「どうした?」
不思議そうにこてん、と彼が首を傾げると、レンもこてん、と首を傾げた。
あれ?と思って見ていると、鶴丸が嬉しそうに笑ってレンの頭を撫でる。
すると、更に不思議なことが起こった。
鶴丸と同じようにレンもにぱっと笑ったのだ。
「え…?」
僕は驚いてレンをまじまじと見た。
レンがまともに笑うところなど初めて見た。
元々顔が良いだけに、笑うと更に可愛らしい。
鶴丸を見ると、これでもかと目を見開いていた。
どうやら彼も初めてだったようで、
「笑った…。」
と、呆然として呟いた。