第60章 主と酒と
「今代の主は懐の深い奴よ。こやつは淡々としているが決して冷たいわけではない。分け隔てをしていることもないだろう。」
三日月は優し気な瞳でレンを見る。
確かに彼女は誰かを贔屓する、なんてことはしない。
付き合いの短い僕でも、それはなんとなく納得できる。
「もし、主と隔たりを感じているのだとしたら。それはきっと、そなたらの心根がそう隔たりを作っているのかも知れぬぞ。」
三日月の静かな言葉に、誰も声を上げなかった。
やがて、がしがしと困ったように次郎さんが自身の頭をかき混ぜる。
「…まぁ、そうかもね。アタシは確かに主と距離を測りあぐねているから。」
「俺等から見ると、どうも主はとっつきにくくてな。」
日本号は少し困ったように笑った。
「けんど、ま、わしは主を好いちゅうぜよ。垣根があってものうてもそれは変わらん。」
「…そうだな。垣根が仮にあっても俺はそれを越えたいと思う。」
陸奥守と御手杵は穏やかに笑い合う。
僕はほっ、と小さく息を吐いた。
そして眠るレンの頭を撫でた。
あどけなさの残るその顔には、今し方聞いたような苦労など見て取れない。
「…こうして眠っていると、極々普通の子に見えるんだけどね…。」
けれど、レンが傷を負っているのなら癒したいし、困っているなら力になりたい。
レンは主だ。
主の役に立ちたくない刀剣なぞ、いるものか。