第60章 主と酒と
彼等の話は俄かには信じ難い。
いやいや、普通3階なんて高さから飛び降りたら怪我じゃ済まないよね。確実に死ぬよね。
アタシは、怪訝に思いながら加州を見返すと、
「あ、信じてないでしょ?ほんとだよ?」
と、笑いながら言った。
「…本当に飛び降りたのか?それは術でか?」
話を聞いて半ば唖然とした風に、日本号が主に問いかける。
「飛び降りましたね。…まぁ、忍にしか出来ないことなので概ね忍術と見てもらっても間違いではありません。」
その答えに日本号は、ぽかんと口を開けて驚いている。
その気持ち、分かる。
アタシも、うっそだぁ、って言いたいもの。
その間にも、主はせっせと箸を動かしては、磯辺揚げやら甘煮やらご飯やらを胃に詰めていく。
よく食べること。
人は見かけによらないねぇ。
「あ。あと、木も壁も歩いて登っちゃうんだよ。」
「水の上にも立てるな。」
日本号と御手杵の隣から、大和守と厚も話に加わった。
それはいい。いいが…。
「歩いて…登る?」
兄貴が首を傾げた。
木を歩いて登る、なんて聞いたことない。木はよじ登るものでしょうに。
「水の上には立てないでしょ?」
アタシも首を傾げる。傾げたくなるってもんでしょ。
水の上に立つなんて不可能だ。木板でも浮かべれば出来なくはないだろうけど。
御手杵や日本号、陸奥守もそれは同じらしい。彼等はまじまじと主を見始めた。
その視線に気が付いたのか、主はふいっと正面の御手杵と陸奥守から視線を外してしまう。
「よし、主。余興と思って一つ見せてくれ。」
日本号は主の背を軽く叩いて促した。
確かに、そんな不思議なことが出来るのなら、是非とも見せてほしいよね。