第60章 主と酒と
不意に意識が浮上する。
いつもと感覚が違う。
――あぁ、人の体だ。
手があり、足がある。
着物を通して肌に感じる花弁に、何の迷いもなく人の体を得たと理解する。
ゆっくりと目を開けると、薄紅色の花弁はどこへともなく消え、視界が晴れる。
すると、目の前には小柄な女の子がいて、こちらを見上げていた。
この子が今代の主か。
「こんにちは!綺麗な次郎で〜す!」
自分が何者か、なんて愚問は抱かなかった。
アタシは茶目っ気たっぷりに自己紹介をする。
が、主の反応は何とも薄い。
微動だにしないまま、
「…どうも。」
と一言呟くように返しただけだった。
「なんだ〜、ノリ悪いなぁ。」
もうちょっと何かないのかい。
これだけの別嬪が現れたんだ。もう少し反応があってもいいだろうに。
アタシは不満気な様を隠すことなく、大きな刀をぶん!と振り回して肩に乗せる。
「これが私の通常です。」
だが、主はアタシの刀にも気圧されることなく、無表情で淡々と返してきた。
自慢じゃないが、アタシの刀は兎に角でかい。
大太刀なんだ。質は実践向きだし、兄貴には負けるとも劣らないと自負している。
なのに、アタシを見てもビビるどころか平然としているとは…。
アタシは少し主に興味が湧いた。
主の側まで来て、目線を合わせるようにしゃがみ込む。そして、ずずいと主の顔を覗き込んだ。
「…何でしょう?」
主は少し仰反りながら返してきた。
近づかれるのが嫌なのか、はたまた気圧されているのか。
動かないその表情からは窺い知ることは出来ない。
でも、何とかしてその表情を崩してみたい。
この子は、何に喜び、何に怒るのか。