第59章 呼び名
「俺は国永様で。」
鶴丸がいい笑顔で冗談を仕掛けるが、
「鶴丸さんで。」
レンには即答で返されてしまう。
「何でだよ!ちょっとした悪戯心だろ!?」
鶴丸は涙目で訴えるが、レンは肩を竦める。
「それはそうでしょうよ。何で今より言いづらい呼び方にするんですか。」
他の人ならいざ知らず、レンに冗談を分かれという方が無駄というものだ。
鶴丸はがっくり項垂れる。
レンは、普段の鶴丸達を思い出す。
“鶴さん”
“鶴”
“鶴丸”
確か、そう呼ばれていた。
「じゃあ…、鶴さんで。」
レンは一番呼びやすい名を選ぶ。
すると、鶴丸の目が見開かれ、瞳に輝きが散る。
「まぁ、それも悪くないな。」
鶴丸は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「さて、主よ。そろそろ仕事に戻るとするか。」
何処からか、ひょっこり出てきた三日月にそう促された。
にこにこと笑う三日月を見て、つい本音が漏れる。
「三日月さんが一番名前が結びつかないんですよね。」
「主よ。呼び名が戻っているぞ。」
三日月はレンの手を取り、ぎゅっと胸元で握る。
少し近くなった距離に、レンの視線は自然と三日月の瞳へ向く。
よくよく見てみると、金が混じっていると思った瞳の色は、三日月だった。
黒に近い瑠璃色に下弦の月が浮かんでいる。
それは月夜そのもののような気がした。
「…やっぱり名前、三日月にしませんか?あなたそのものって感じがするんで。」
レンはそっと下弦の月に手を伸ばす。
ここまでいくと一種の工芸品のように思ってしまう。
こんなに三日月が似合う人もそういないだろう。