第56章 七海の奪還
「答えろ。お前等次第だ。」
「わ、悪かった。娘には、妻には手出ししないでくれ。頼む。」
江藤は、絶望が色濃く滲んだ面持ちで、土下座をする奥脇を見てから、自身も静かに頭を下げた。
「…もうしわけ、ありません…。」
レンはそれを見て変化を解くと、無表情で2人を見遣ってから瀬戸補佐官を見た。
「追い出してください。目障りです。」
瀬戸補佐官は、あんまりと言えばあんまりなレンの態度に眉を顰めた。
「君のやっていることは道徳に反する。」
「道徳、ですか。」
そう言って、レンは自嘲気味に笑う。
「道徳って、何をもって道徳なんですかね。
傷つけられても耐え忍ぶことですか?
それとも公正明大な裁きを求めて声を上げることですか?
いっそ、刃を向けられても恨まないこと?」
レンはこれまで辿ってきた己の道を思い出す。
幼い頃から今日まで裏切られなかったことの方が少ない。
耐え忍んでいたら、
裁きを他人に委ねていたら、
殺意をまともに受けていたら…。
レンはここまで生きてはいなかっただろう。
道徳なんて馬鹿正直に守っていたら命が幾つあっても足りなかった。
「悪意には悪意で返さなければ、命を取られて終いです。
道徳って、命懸けで守る価値があるんでしょうか?」
そう言って踵を返した。