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君に届くまで

第26章 太鼓鐘の手入れ



加州が伊達組の部屋の前を通りかかると、レンがいた。
彼女は短刀の前に座り、手を翳している。


あれはたぶん…太鼓鐘、なんだろう。

「手入れ、してるの?」

思わず、話しかけてしまった。
その人はちらりとこちらを見た後、すぐに視線を短刀に戻す。

「そうですよ。」

素っ気なく返される。

「…見ても…いい?」

「どうぞ。あ、ついでに後ろから麻袋取ってください。」

「え…?」

雑用を頼まれた。微妙な気分で言われた物を探す。

「はい。…ここに置いとくよ。」

「ありがとうございます。」

それきり、彼女はまた黙々と手入れを始める。
手元を見ると、深い傷が2、3ヶ所あり凄く痛そうだ。
思わず苦い顔になるのが自分でもわかった。

玉鋼を使いきり、さっきより少し傷が塞がった。見ていてなんだか安心する。
彼女は、玉鋼を麻袋から取り出して短刀の前に置くと、またじっと手を翳して集中する。

1つ玉鋼を使う毎に少しずつ傷が塞がっていく。
なんだか泣きたくなるくらい嬉しくて切なくなる。

手入れを見たのなんて何年振りだろう。

俺は、黙々と手入れをしていく彼女を隣で眺めていた。










がらんとした大広間に鶴丸は一人ぽつんと座り込み、外を眺めていた。


小娘が住んでいる割には、雑貨や小物が何もない。
あいつは本当に女なのか、と疑問に思う。

今、部屋には小娘が貞坊を手入れしているものだから、居所がなく、代わりに広間に来たのだ。

貞坊が手入れされて嬉しいのに、素直に喜べない。
審神者の側にいて、助けを請える光坊が羨ましいという思いも無いわけではない。

「難儀なものだな…。」

瞼の裏に群青色の影が過ぎる。
何故、貞坊は助けて、三日月は助けてくれないんだ、というお門違いな怒りが湧いてくる。

わかっている。三日月とあの子は関係ないんだ。
俺は、苦い思いを抱えながら少し笑った。

「どうしたいんだろうな、俺は…。」

ゆっくりと通り過ぎていく雲を眺めながら呟いた。
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