第19章 左文字の記憶
「兄様を傷つける人間は要らない…。」
呟くように言うと、黒い靄は半透明の触手のようなものに変化し、レンを捕らえようと追いかける。
レンはそれらを全てかわし、外へと抜け出した。
姿を見失った小夜は、徐に起き上がると、レンを追いかけるようにゆっくりと外へと向かう。
小夜は視線を動かし、レンを探す。庭の真ん中にその姿を捉えると触手を一斉に伸ばした。
「レンちゃん!」
燭台切はどうすることも出来ない。禍ツ神となればもう後戻りは出来ないのだ。
止めるには…、小夜の刀を折るしかない。
レンは禍ツ神に対峙して、生きていられるだろうか…。
燭台切の中に絶望が俄に込み上げる。
燭台切の心配を他所に、レンは伸びてきた触手を難なく全てかわし、剰え数本クナイで切り落としてみせた。
「切れますね。」
レンは攻撃可能と判断すると、次の一手に出る。
「氷遁、氷柱槍。」
氷で槍を数本作ると、小夜目掛けて上から投げつけた。
「ゔ、ぐっ。」
小夜は上から落ちてきた槍に靄が縫い付けられ、身動きが取れなくなる。
だが、それだけでは鎮まらない。
獣のような唸り声を上げながら、氷の槍を壊しにかかる。
小夜を包む蛇も暴れ回り、槍は2本砕けてしまった。
「大将!!」
「主様!!」
「これは一体…。何があったのですか!?」
薬研達が遠征から帰ってきたようだ。
「あ、おかえりなさい。見ての通り、今取り込み中なので下がっててください。」
レンは日常の一コマのように言うが、現実はあまりにも日常からかけ離れている。
禍ツ神なんて初めてまみえる。
とてもじゃないが、自分達では太刀打ち出来るとは思えない。
薬研達は余裕で太刀打ち出来ているレンを只々呆然と見ているしかなかった。