第81章 幕末へ
「おや、お出かけかいな。」
先程の男が配膳をしながら、レンを見かけて話しかけてきた。
「はい。日没の頃には戻ります。」
「はいよ。表はまだ降ってるさかいな、気ぃつけや。」
「ありがとうございます。」
レンは軽く会釈をすると、下駄箱から自分と大和守の草履を出して履き始めた。
「やっぱ寒いね。」
戸口から一歩外へ踏み出すと、凍てつく雪がさらさらと二人に降りかかる。
大和守は、腕を摩りながら白く染まる景色を見遣る。
「そうですね。」
レンも同じく腕を摩りながら、右に左に通りを見遣る。
「どこに行きたいの?」
大和守が尋ねると、レンは首を横に振った。
「目的地はないです。ただ宿の周りを見て回りたかっただけです。」
「何で?」
周りを見て何をするのだろう、と大和守は首を傾げる。
「理由はありません。強いて言うなら私の習慣によるものです。」
レンは常に追われて命を狙われる立ち位置だった。その為、宿などの逗留場所では特に警戒に警戒を重ねていたのだ。
見回り、安全を確かめてから宿を決めるのが彼女のルーティンだった。
今回は順番が逆になってしまったが、今は狙われている訳ではない。かといって、知らないまま過ごすのは何処となく居心地が悪かった。
大和守は少し不思議そうな顔をしたが、結局穏やかな笑顔を見せる。
「…ふ〜ん。よく分からないけど、僕はレンに付き合うよ。」
レンは少しほっとすると、こくりと一つ頷きを返した。