第76章 おわりのおわり
柔らかな風が頬を撫でる感覚に、レンは薄ら目を開けた。
すると、見覚えのある天井が映り込み、彼女はそれをぼんやりしながら暫し眺める。
ーここは、もしかしなくとも本丸の天井か…?
確か、自分は今、向こうの世界にいる筈。
その考えから、ここは夢の延長だろうと判断する。
この幻術はどうも、人の幸福を読み取ってそれを具現化するものらしい。
そう考えると、次の夢が本丸であることが、レンには何だかこそばゆかった。
自身の幸福は本丸にあるのか、と何だか嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちだった。
ふと、光が降り注ぐ外窓の方が気になった。
開け放たれた窓から、風に乗って何やら楽しそうな声が響いてきていたからだ。
レンはむくりと身を起こすと、誘われるように窓辺に近づき見下ろした。
すると、粟田口が駆け回っているのが見える。
ー乱に厚に薬研か…。
薬研がおいかけっこに加わっているのは少し珍しい、と思いながらもそれを目で追っていた。
楽しそうだな、と思いつつ、レンは窓辺の端に腰を下ろした。
幸せを具現化したならば、確かにここも当てはまるのかもしれない、とレンは思う。
皆が大事にしてくれて、居場所をくれる。
笑いたい時も、
泣きたい時も、
苦しい時も、
嬉しい時も。
彼等はいつでもレンの側にいて、寄り添ってくれていた。
これからも寄り添ってくれると確信できる。
どんな無茶だって、最後には許してついて来てくれていた。
これからだって、文句を言いながらでも手を貸してくれるのが想像できる。
『生きろ。幸せ掴め。』
不意にリヨクの最期の言葉が蘇った。
ーあぁ、もう私は幸せを見つけていたんだ。
帰りたいな、本丸に。
みんなに会いたい。
レンは、強く強く心に願った。