第42章 そんなの、私に分かりませんよ
まるで誘われるように、その背中を追う。
私の中では、既に犯人の予測が立っていた。いや、もはや確証といってもいい。
私にキスをする人物なんて、環以外にいるわけがないのだ。
しかし、もう日付も変わろうという深夜に、眠った人間の唇を奪うなど言語道断だ。愛のお説教をしてやらねばなるまい。
そんな軽い気持ちで、彼を追って その扉を開けた…
すると、思ったよりも涼しげな風が私を包んだ。ほのかに、爽やかな新緑の香り。
そんな、夏夜の森の中に、彼は佇む。
そこにいたのは、環ではなかった。
『………』
(え…、なん で)
“ 彼 ” は、こちらに背を向けて 空を眺めていた。丸太で出来た柵に両腕を預けて、星を見上げている。
私にキスをしたのは、彼で間違いない。だとしたら、何故。一体どうして。
あまりの驚きに、頭が混乱して。声が漏れ出さないように両手で口元を覆った。そして、そのまま1歩後ずさる。
今なら、まだ間に合うかもしれない。キスをされた事など、気付かなかったフリをして、なかったことにできるかも。
『………』
(なかったことに…か。私は、本当にそれでいいのか?)
大切な仲間に、ずっと素性を隠したまま。これからも彼らの隣で、素知らぬ顔で笑っていられるのか?
それは、私の本意ではない。ならば、これは良い機会なのかもしれない。
早鐘のように鳴る心臓の上に、そっと手を当てて。深く息を吸い込んで、声をかける決心を固める。
目の前の、背中を見つめる。
すらりとシャープな立ち姿。月の灯りを受けてキラキラと輝く、絹糸のような銀髪。
そんな美しい人の名を、私は口にする。
『 天 』
「良かった。声を掛けてくれて。キミは、逃げるかと 思っていたよ」
前屈みになっていた姿勢を正して、私の方を振り返ったのは、九条天。
星空をバックに微笑む彼は、こちらがぞくっとするくらいに綺麗だった。