第42章 そんなの、私に分かりませんよ
夏。風呂上がり。ドライヤーの後。
“ 暑い ” の代名詞が三拍子で揃っている。この状況下で、私はウィッグを被り、さらしを巻くのだ。どれほど辛いか、仔細を語らずとも伝わると思う。
『あ…暑い…っ!!』
しかし、妥協は出来ない。こういうお泊まりイベントの時には、ありがちだからだ。
お風呂でバッタリとか。気を抜いた女姿を目撃されたりとか。
男装が露呈する際のお約束とも言えるが、そんな情けないバレ方だけは絶対に御免被る。
『に しても…風呂上がりのウィッグは、想像してたよりもヤバイ。私が男だったら、確実にハゲてる』蒸れ過ぎて
くだらない独り言を漏らしてから、私はソファに体を横たえた。革張りのソファは思いのほか冷やっこくて、心地が良かった。
クーラーを少し強めて、腹部にだけブランケットをかける。
酒が入っていた事と 疲労の蓄積が相まって、私はすぐさま 沈み込むように眠った。
そして…
夢を見た。
それは、環とキスをする夢だ。
私にとって、高校生と交わした口付けは よほど鮮烈だったらしい。自分で思っていたよりも深く脳に突き刺さったのだろう。
繰り返し、繰り返し。私達は夢の中でも、夢中で唇を押し付けあっていた。
ガバっ!!!
『————っっ、』
(夢じゃ…ない!)
暗闇の中、勢い良く半身を起こした。それから、唇に指をやる。そこには、柔らかくて 生々しい感触がたしかに残っていたから。
この感触は、夢の中のものでも、まして数時間前の口付けによるものでもない。
『……』
(つい、さっきだ)
困惑する中、小さく人の気配を感じ取る。それは、玄関方面から。
私は、背後にある入り口を振り返る。
たしかに捉えた人影。しかし、暗くて誰かまでは分からない。その人影は、扉から外に出てしまったようだ。