第5章 さぁ、何をお作りしましょうか?
2人して地上に上がった私達。
「よし。まだまだ飲むぞ春人」
『や、八乙女さん…本当なら今日は、Longhi'sは定休日なんですよ?マスターにご迷惑で』
しかし、彼はゆるゆると首を振る。
「せっかく久しぶりに八乙女様に来て頂けたのですから。
今日はお好きな時間まで居て下さい」
『え…えぇ…なんだか私と随分扱いに差が…』
「さすがマスター」
楽は嬉しそうに言った。
「トイレ行ってくる。マスター、何かオススメのカクテルよろしく」
「かしこまりました」
楽がこの場から居なくなってから、マスターは私に優しい目を向ける。
「…地下で、彼に話したのですか?貴女が、本当は Lio であると」
『……いえ』
私がそれだけ答えると、マスターは そうですか。と笑うだけで、それ以上の事は聞いてこなかった。
彼の、こういう気遣いの出来るところが好きだ。
決して首を突っ込み過ぎず、かと言って私を突き放す事はしない。
このバーカウンターを挟んだ、絶妙な距離感。
私はいつも通り、彼がシェイカーを振る音に耳を傾ける。
マスターのお酒と、私の原点であるステージ。心地良い空間と、シェイカーの中で氷がぶつかる音。
これらが好きで、私は頻繁にここに通うのだ。
再び席に着いた楽の前に、マスターはグラスを置く。
「どうぞ。こちらは、オリンピックでございます」
鮮やかなオレンジ色のそのカクテルの名前を聞いた瞬間、私は静かに席を立った。