第5章 さぁ、何をお作りしましょうか?
『八乙女さん。今日は本当にすみませんでした』
「……そうやって素直に謝るんだったら、最初からあんな事言うなよ。
お前も男なら分かるだろ。好きな女を否定されたら、どれだけ腹立つのか」
『は…はい』
どうやら楽は、彼女の性別を知らないらしい。
なるほど。先程 エリが抱えていると言った事情とは、こういう事か。
何も言えなくなったエリ。
2人の間に、ふと沈黙が訪れる。それが気まずかったのか、楽は私の方を見上げて言う。
「…そういえば、久しぶりだな。マスター」
彼の方から、私と顔見知りである事を明かしたので 私も気を使う事なく話が出来る。
「えぇ。ご無沙汰しております。八乙女様」
『お2人は顔見知りだったんですね』
彼が初めて来店した時は、まだTRIGGERの八乙女楽ではなかったと記憶している。あれはたしか…2年ほど前。
「あぁ。2年前に初めてここに来て…それからは、たまに顔出してる」
「ふふ。本当に、たまに ですけどね」
それに比べ、彼女の方は足繁くここに通ってくれている。
勿論、私が作るカクテルに惚れ込んでいるという理由もあるが。最も大きな理由は…
この店の、地下にある。
「…こそこそ電話して、どこに行くのかと思ったら。1人でバーかよ。
本当に…秘密の多い奴だな。お前は」
『……普通ですよ』
彼は、彼女の性別すら知らない。という事は 彼女の正体が、Lioである事も勿論知らないのだろう…。
ちなみに、彼女が今飲んでいる シンガポールスリングの酒言葉は “ 秘密 ” 。まさに彼女にぴったりの言葉ではないか。
彼女は今日も、秘密の仮面を被って生きている。
『…そんなにミステリアスな人間がお嫌いなら…。八乙女さんに1つお見せしましょうか。
私の秘密』
「……?」
彼女は、私に向かって手の平を上に向けて差し出す。
『マスター。ちょっとだけ、下。行っても良いですか?』
「どうぞ」
貴女になら、いつでもこの鍵をお貸ししましょう。
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