第5章 さぁ、何をお作りしましょうか?
『お休みの日に、本当にすみません』
彼女が謝罪の弁を述べたところで、私は椅子を勧める。
「どうぞ」
腰掛ける彼女を見ながら、私は気になった事に対して さりげなく探りを入れてみる。
「お久しぶりですね。随分と…雰囲気が変わられました?」
『はは、実はこれ…今ちょっと事情があって…。男の格好をして勤めているんですよ』
…ちょっと事情があって。か。
彼女は元々、ややこしい事情を抱えている。
一時期 世間を賑わせたアイドルである彼女は その正体を隠し、まだ同じ業界で働いているのだ。
そんな彼女を取り巻く事情が、より ややこしくなったという事だろう。
しかし私は、自分からそれについては質問はしない。話したければ、彼女の方から話すであろう。
このバーカウンターを挟んで、客との適切な距離を保つのも 私の仕事のうちである。
「さぁ、何をお作りしましょうか?」
『シンガポールスリングを、ウォッカでお願いします』
私が聞くなり、全く間を置くことなく返事をした。
おそらく、この一杯目は既に決めていたのだろう。
私は、磨いたばかりのトールグラスに、ウォッカを注ぐ。
そこにグレナデンシロップとレモン果汁を少々加えて、よく混ぜ合わせる。
あとはソーダ水でフルアップして、炭酸が抜けないよう軽くステアすればシンガポールスリングの完成だ。
出来上がったそれを、彼女の前のコースターに静かに乗せる。
「どうぞ」
『頂きます』
嬉しそうに、グラスを持ち上げ 口を付ける。
『美味しい…』
こくんと液体を飲み下し、なんとも幸せそうに微笑んだ。
客のこの顔を眺めるのが、この仕事をしていて、“ 2番目 ” に嬉しい瞬間である。
こういう言い方をすれば、では 1番うれしい瞬間とは どういう時なのか。という流れになるだろう。
それは…