第38章 待っててくれますか?
「座ってくれてて良かったのに」
『うわぁ!!』
「わ!びっくりした…そんなに驚くことないだろ」
『だって万理が急に入ってくるから!』
「そりゃ、俺の部屋ですから?」
万理は笑って、用意した飲み物をテーブルに置いた。
私の為には、100%のオレンジジュース。何も言わなくとも、好みを把握してくれている。
彼は、私の前ではなく隣に座った。普段行くファミレスやカラオケでは、こんな並びで座る事はない。慣れない距離に、また緊張がぶり返す。
ジュースを勢い良く飲んで、喉の渇きを潤す。グラスをテーブルに戻すと、万理の体がずいっとこちらに寄った。そして、その距離はどんどん詰められる。
『ちょちょちょ、なっ、』
「あ、ごめん。そこのギター取ろうと思って」
『……ギター』
「??
弾くだろ?」
『ヒキマス』
万理は物を取ろうとしただけ。それには私が邪魔だったのだ。
いちいち過剰に動揺してしまった私は馬鹿なのだろうか。恥ずかしいにもほどがある…
しかし、弦を弾いている間に 気持ちは徐々に落ち着いてくる。やはり、音楽に触れている間こそ 私は私でいられる。
「ほんと、エリは飲み込みが早いよ…教え甲斐がないなぁ」
『優秀な生徒を持って、嬉しいでしょ?』
「はは。はいはい。あ、今のとこ…
大きくフラット移動させる時は、指の力をもう少し抜いてみて」
『ん ……こう?』
「そう。で、中指のスライドは」
万理が不意に、指を触る。私は咄嗟に手を大きく引っ込めてしまった。
『っ、あ…ごめ』
「いや、俺が急に、触っちゃったからだよな。ごめん…
あのさ!そろそろギターの練習は終わりにして、映画でも観ないか?友達から借りたDVDなんだけど」
『観よう観よう!すぐに観よう!』