第38章 待っててくれますか?
私と一緒で、虫が大の苦手だった万理。飛んで来た蝉に驚いて、プールに落ちそうになった彼。なんとか腕を掴んだものの、支え切れずに私も落下した。
しかし、私が濡れたのは半身だけだった。なんと、万理が咄嗟に受け止めてくれたのだ。
力強い腕が、ぎゅっと私の足を抱き締める。そしてそのまま、彼はプールの中央へと私は攫った。
これは、ただの悪戯だ。だからきっと気のせい。彼の腕が、水の中なのに熱く感じるのは。私の心臓が、痛いくらいに暴れているのも。
怖いけれど。確かめたくて。この気持ちが、何なのか。
私は、ゆっくりと万理の顔を覗き込む。
そしたら、当たり前みたいに彼の顔も近付いて来た。不思議な感覚。経験した事なんか無いのに。確かな予感がした。
私は今から、彼とキスをするんだって。
「〜〜〜っ」
『まぁ、結局は未遂に終わったんだけどね』
「っぷは!!そうなの!?」
『いや、何で息止めてたの?いま』
「息するの忘れるぐらいに聞き入ってたんじゃんか!あぁドキドキした…。でも、なんでそんな最高のシチュエーションで未遂?」
『警備員さんに見つかったの』
「あちゃー。めちゃくちゃ怒られた?」
『ううん。私が泣き落として、親への連絡とかも回避した』
「要領の悪いエリちゃんはどこに行ったの!?完全にその時覚醒してるじゃん!」
『あはは。今から思えば、そうだったのかも』
あの時はただ、万理を守りたくて必死だったのを覚えている。どんな言葉を口にすれば、相手に好感を持ってもらえるか。どんな話を作れば、相手に同情してもらえるか。
言われてみれば あの危機を乗り越えた瞬間こそが、春人の原点なのかもしれない。
「はぁ…もうさっきからキュンキュンし過ぎて心臓痛い…彼、超イケメンなんだもん」
『なんか百、私の元彼の虜だね』
「ぜひ参考にさせてもらいます!!
で?で?次のステップはいよいよ秋だよね!付き合うんだよね!」
『うん。私は、彼の学校の文化祭に行ったの』