第36章 どうか俺と
その日その瞬間から、彼女と俺の物語が始まった。
「じゃあ晴れて友達になった記念って事で、これからご飯でも…食べに行く?」どきどき
『さっき朝ごはん食べたところだけど』
「そ、そうだよな!」
彼女と繋がる事が出来た喜びから、提示する選択を完全に間違えてしまった。どうやら、自分でも信じられないくらい俺は浮かれていたらしい。
「じゃあお茶はどう?」
『…今日はいいや』
「え」
『平日で1日フリーになるなんて滅多にないし、今日は今から曲作ったりボイトレする』
「そ、そう…」
ショボくれる俺を前に、彼女の綺麗な唇が弧を描いた。
『あぁ、大神君は 私の事が知りたいんだっけ?』
「っ!いや、それは…
っていうか、俺のことは万理でいいよ」
『うん…分かった。じゃあ 万理』
ただそう呼ばれただけだというのに、まるで自分の名前が 特別になったよう。
『ばいばい。万理』
「えっ、ちょっと待っ」
『また、明日ね』
そう言うと彼女は、ホームへ来たばかりの電車に乗って 姿を消してしまった。それは風のようで、さっぱりと爽やかな去り際。
掴む物を見失った俺の右手が、さみしく宙に浮いている。
「いや…まだ、連絡先どころか 名前すら…聞いてないんだけど」
ただの独り言も、さみしく無人のホームに消えた。
でも、彼女が最後に口にした “ また明日 ” という言葉は、俺の胸を温めた。
「そうだよな。また、明日も会える」
明日からは、偶然を装う必要もない。話し掛けるのに気を使う事もない。
堂々と笑って、おはようと言える。
ただそれだけの事だけれど、実は凄く恵まれているんだと知った。そんな 16歳、春。