第36章 どうか俺と
結局、その日は声を掛けるタイミングを失ってしまった。今日は金曜日だった為、明日と明後日は彼女に会う事は叶わない。学校がないからだ。
この2日を使って 今度こそ俺は、立派な第一声を考えてみせる!
そして、来たる日。
再び幕を開けた1週間。月曜日は憂鬱だという人もいるけれど、今の俺には無縁な悩みである。
おそらく、俺こそが世界で一番 月曜日を待ち侘びた男であろう。
「………」
(はじめまして。俺は大神万理といいます。先日はすみませんでした。頭に花びらが付いていたのが気になって。怖がらせたと思って、ずっと謝りたかったんですよ。ははっ)
これで完璧だ。最後のははっ で、爽やかさをアピールする。そして怪しさを払拭するのだ。それに、初対面という事で丁寧な敬語を選択。
2日かけて考え抜いた割にはチープな挨拶だが、当時の俺には これが精一杯だった。
電車に乗ると、まず耳をすます。このようにして、彼女が生み出す音を見つけるのだ。
が。今日は例のリズムが聞こえない。まさか、彼女はこの車両に乗っていないのだろうか。
ガッカリしかけた…その時だった。
リズムの代わりに、女性の荒々しい声が聞こえてくる。
「?」
(なんだ?)
「無視しないで貰える?!聞こえてるんでしょ!」
派手な色の巻き髪をした女子高生が、彼女に向かって叫んでいた。その両隣には、同じような雰囲気の女の子。3人は、彼女に にじり寄るように圧をかけている。
しかし、彼女はチラリと視線を1度上へやっただけで すぐにまた俯いてしまう。
それを見た女子高生は、激昂した様子で彼女のヘッドフォンを荒々しく奪い取った。
『……なに』
初めて耳にした彼女の声。
たった2文字だったにも関わらず、俺の脳と胸を揺さぶった。