第36章 どうか俺と
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千と出会ったのは、俺が高校2年。千が1年の時だ。
俺と彼女の出会いを語るならば、さらにもう1年。時を遡る必要がある。
まだ、恐ろしく子供だった16歳。春。
「………」
(あんなに満開だった桜も、だいぶ散ったな。もう葉桜になってる)
駅へと続く桜並木で、ふと立ち止まって顔を上げる。ヒラヒラと舞い落ちてくる桃色の花弁に視線を奪われた。
—— あまりに綺麗で、触れたくなった。
腕を空へと伸ばしてみると、まだ固い制服が突っ張って 思うように高くは上げられなかった。
桜の花弁は、そんな俺を笑うように するりと指の間をすり抜けた。
《 1番ホームに、まもなく電車が参ります。停車駅は… 》
「!!
まずい!」
直ぐそこにあるホームから、無情にもそんなアナウンスが流れて来る。あの電車を乗り逃せば、遅刻ギリギリになってしまう。
アナウンスと同時に俺は駅へと駆け出す。
が、努力も虚しく 結果は無念な物となった。
荒くなった呼吸を落ち着けて、次に来る電車をホームにて待つ。べつに珍しくもない桜のせいで、いつもの電車に乗り遅れた。
どうして今日に限って、桜の花びらなどに気を取られてしまったのだろう。
やがて、電車がホームに到着する。
座れるまでは空いていないが、普段俺が乗っている 1本前のものより、些か人は少ない。
1本後ろにズラすだけで 人混みがましならば、明日からもこの電車に乗ろうか。なんて考えが頭を過ぎった その時だった。
—— タンタン、タントントン、トントンっ
「?」
(何の、音だろう)
軽やかで、リズミカルな音。その音へ吸い込まれてゆくみたいに、車内 奥へと進んだ。